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バスケの試合 [記事]

 高3になって、学校のバスケ部に入ることになりました。
 バスケ部は養護学校唯一の部活動です。
 中学部から参加できるのですが、バスケなんてとてもとても、と母は思い込んでいました。
それに、高等部からは寄宿生活も始まったので、そちらの方が忙しいだろうと躊躇して
しまっていました。
 しかし、今年は4月に案内が来た時に、何気なく聞いてみました。
 「バスケの部活やる?」
すると、こうき、
 「やります。バスケ、やってみたい。バスケの練習、する!」
と途端にやる気満々の様子。
 寄宿舎に入っていても、夕方の練習には参加できると聞き、とりあえず体験だけさせて
みることにしました。
 練習は、火曜日と水曜日の週二回、放課後5時まで2時間ほど。とにかく本人張り切って
やっているようで、体験からいつの間にか毎週の練習に参加するようになりました。
 平日は寄宿舎生活なので、バスケの練習の様子は全く分からず、時々「バスケの練習どう?」
と聞くと、
 「練習がんばりました!」と得意げな様子。
 「バスケ、むずかしくない?ちゃんとやってる?」の問いにも、
 「ちゃんとやってる!シュート、がんばってます!」の答え。
 一度見に行きたいと思いつつ、なかなかその機会が持てずに夏休みに入ってしまいました。

 夏休みには、養護学校同士のバスケの交流大会があり、こうきも試合に出たいと言い始め
ました。本人の熱意に押され、参加の希望を出してしまったのですが、それでも心配になって、
夏休みの練習を送迎がてら見に行くことに。
 練習を見て驚きました。
 レベルが高い・・・。この学校に通っている生徒と思えないくらい、動きがよく、技術も高いの
です。背が高くしっかりした体格の彼らがプレイしている姿は、普通高の生徒となんら変わりが
ありません。その一番上手いグループの子たちは、チャンピョンシップAチームとして出場する
ようで、バスケ経験者と見られる先生方が本気になって練習相手になっていました。
 一方、こうきはというと、予想はしていましたが、ボールを受け取るのもやっと、といった感じの
動きでした。
 それでも、シュート練習となるとみんなの列に並んで、順番が来るとドリブルは(できないので)
せずにゴール下まで歩き、シュート。打ったボールは大きすぎたり、小さすぎたり。力を加減して
ゴールに入れるというのは、とても難しいことのようでした。
 こうきのような感じの子は他におらず、見ている方はこれで大丈夫なのか、と思ってしまったの
ですが、本人はいたってマイペース。
 みんなと一緒に練習できるのが嬉しくて仕方ない、というように一生懸命なのでした。

 試合当日、母は仕事を休み、見にいくことにしました。こうきの出るスポーツの試合を見る
なんて機会はそうないだろうと思ったからです。
 こうきは、チャンピョンシップよりは少しスピードがゆっくりの、フレンドシップBチームに入れて
もらって試合に出ることになっていました。とはいえ、他の4人のメンバーはこうきとは比べもの
にならないくらい、しっかりと「バスケして」います。
 こうきは、最初から自分方のゴール下に立っていました。見方からパスを受けて、そのまま
シュートするという役割です。
 母は、同じチームの子のお母さんと一緒に観戦。フレンドシップチームとはいえ、なかなか
白熱した試合で、自然と応援にも熱が入ります。どの子もしっかり動き回ってボールを取りに
行き、奪えばドリブルでどんどんゴールに攻め入っていきます。
 なかなか激しい試合の中で、ゴール下に立っているこうきに、ボールが渡ることは難しいよう
でした。でも、先生から教えてもらっているのか、見方がボールを持つと、ゴール前で両手を
挙げてぴょんぴょん。
 一応ここにいるぞ、アピールです。
 その姿に、「お、なかなかいいじゃない」と思ってしまったのは、親だけでしょうか。
 一緒に観戦していたお母さんのお子さんの活躍もあって次々に点数が入り、チームに少し
余裕が出てきました。そんな中、自分でドリブルしてシュートを決められそうな場面でも、
ゴール下のこうきにボールをパスしてくれる、優しいチームメートたちの姿がありました。
 こうきはなんとかそれを受けて、シュート。
 ただ、ボールは大きくそれて、何回かのチャンスを決めることはできませんでした。

 結局、チームは一勝二敗。
 先生方は真剣なアドバイスを送り、それを聞く生徒たちの姿も真剣。真夏の体育館はとても
暑く、汗を拭き拭き、たくさん水分を摂りながらの試合でした。
 そして、表彰式では、学校ごと思い切り力を出し合った仲間たちの輪がたくさんありました。
 どんな形であっても、みんなと同じように試合に出て、そんな輪に加われたことが、こうきに
とって本当に嬉しかったようです。
 部活動で一緒に練習させてもらい試合にも出させてもらった。そんな機会を与えてくれた
先生方や仲間に感謝、の一日でした。
 「次の試合も出ます!」
 こうき、大会が終わるなりの宣言です。やる気だけはあります。
 だけど、また出ても大丈夫なのかな・・・?


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おわかれ会 [記事]

 こうきにとって、近しい人の死は、お祖母ちゃんが最初でした。
 その頃こうきは、小学部の四年生で十歳。身近な人が、それも昨日まで元気だった人が
突然いなくなるというのは、大きなことだったと思います。
 それは私も同じで、自分も混乱する中、どのようにこうきにそのことを伝えたらいいか、
迷いがありました。
 また、人が大勢集まるお通夜や葬儀にこうきが出てもよいものか、そもそも皆と一緒に
ちゃんと出られるのだろうか、というのも悩むところでした。
 当時のこうきは、多動全開中。初めての場所で、静かに落ち着いて座っているというのは、
とても難しいことでした。
 学校の担任の先生に、電話で相談してみると、
 「これが合っているかどうか分からないけれど、私の今の感覚で言うと、こうきくんは、
ちゃんと区切りをつけてあげた方がいい。お祖母ちゃんとはお別れだということが納得できた
方がいい」
とおっしゃるのです。
 その言葉になんだか心強くなり、決めました。
 「よし、できるだけ出られるように考えていこう」
 さらに心強かったのが、こうきが四年生になって行き始めたタイムケアの事業所の方。
その方は、ご自身も障害のある息子さん育てている経験から、冠婚葬祭や兄弟の行事の際の
家族へのケアに理解のある方でした。
 相談の末、通夜の日はタイムケアで預かっていただき、火葬場は短時間だから、ケアなしで
家族と一緒に参列。葬儀は付き添いをしていただくということに決まりました。

 お通夜の日は、夕方から親戚が大勢家に集まり、納棺から後の食事までとてもあわただしく
過ぎました。あれこれ神経を遣わなければならないこともたくさんあって、こうきを預かってもら
ったのは正解でした。結局、お通夜が終わったのが夜9時過ぎ。夜の時間帯の特別な預かりの
上に、家まで送り届けていただいたのは、本当にありがたいことでした。
 次の日、午前中は火葬場へ。
 なんとか親戚に混じってバスに乗り、峠の入り口の火葬場に着きました。
 こうきには、「明日はおばあちゃんのおわかれ会します。こうきも出ます」と伝えてありました。
 おばあちゃんの棺にみんなで手を合わせて、棺が炉の中に入っていく。
 「おばあちゃん、さよなら。ばいばい」
 手をふってそこで、こうきの中でのおわかれ会は終わったのかもしれません。
 それから、とたんに落ち着かなくなり、館内を探索し始めました。
 気がつくと、後から焼き場に来た方たちのところへ走っていき、棺のまわりで何か騒いでいます。
 「ダメっ、こっちに来なさい!」
 あわてて飛んでいき、制止しました。
 すると、こうき、身をよじるようにして嫌がり、そのまま軽いパニック状態になり、ますます大声を
止められなくなりました。
 親族の方は控え室へと言われていましたが、とてもそんな場所でゆっくり過ごせるとは思えま
せん。仕方なく、こうきの手を引いて外に出ることにしました。
 外はどしゃ降りの雨が降っていました。小さな傘に二人で入って、山道を先へ先へと歩きました。
谷からの風が吹きつけ、小さな傘では横からの雨は防げず、私もこうきもびしょ濡れになりました。
 私は少し、怒りの気持もありました。
 「こんな日にも、お前はこうなのか、」
 山道をぐいぐい歩きながら、荒い言葉をぶつけたくもなりました。
 けれども、こうきはそんな雨の中でも、いつもの公園の散歩に来ているかのように軽々と小走り
で、どこか楽しげでした。
 そのまま、こうきの手を握って歩いているうちに、少しずつ怒りの気持が静まってきました。
 だいぶ歩いたところで、
 「帰ろうか」と言うと、
 「かえる、かえる」とこうき。
 なんだか納得して、二人で火葬場に戻り、なんとかお骨を拾う時間には間に合いました。
 
 午後の葬儀では、レスパイトの方が喪服を着て、こうきに付き添ってくれました。
 葬儀が始まると、後ろの方の席にしばらく座っていたそうですが、落ち着かずに立ち上がり
始めたので早めに退出し、そのまま事業所に行って預かってくださったと後で聞きました。
無理せず、参列できるところまで、とお願いしてあったので、そこは本当に助かりましたし、
安心して葬儀に向かうことができました。
 今思えば、あの頃のこうきは、まだ毎日のルーティンを変えることができなかったし、
初めての場所に対する不安感も大きかった。
 お祖母ちゃんが急に倒れて危篤状態になった日曜日も、公園に行きたくてたまらず、落ち着か
ないので、病院から帰って車を飛ばし、いつもの公園に連れ出したのだった・・・。
 辛かったような懐かしいような思い出です。

 あれから7年が経って、今度はお祖父ちゃんのおわかれ会。
 あの頃と比べれば、嘘のように落ち着いたこうきの姿がありました。
 通夜は、皆と同じようにその場に座り(正座は難しいので、足を投げ出したり、椅子に座ったり
でしたが)、ふと存在を忘れてしまうくらいの静かさでした。
 時々、こうき特有の声は出ていましたが、それほど気にはなりませんでした。
 ただ、やっぱり少しおかしな行動をしてしまうこうきらしさはありました。それは、DSカメラで
写真をとりまくっていたこと。
 火葬場でもあちこちでカメラをカシャカシャ。棺が炉の中へ入っていくところ、お骨を拾う場面
などを激写。そして、拾い終わってお骨のなくなった台車が奥の部屋に運び込まれていくとき、
中まで見に行ってそこでなにやら上の方を撮影。
 「だめだよ」と静止すると、
 「あっちに、おじいちゃん、いますか」
 「どこから、いきますか」
 上の方を指差して、しきりに写真を撮るのです。
 そこはなんでもない倉庫のような場所なのですが、こうきにとっては、お祖父ちゃんはどこへ
行ってしまうのか、どこから天国へ行くのか、不思議でいっぱいのようでした。
 
 その後の葬儀ですが、前の方に座るよう促しても、自分一人で座ると言って聞かず、最後
まで後ろの方の席で静かに座っていました。
 人と違うところ、少しずれた行動は残っているけれど、周りの世界に少しずつ合わせられる
ようにもなってきたこうき。
 お祖父ちゃんはあまり口には出しませんでしたが、こうきのことを、ずっと心配してくれて
いました。
 少しだけ、安心してもらえたかな、と思います。

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生まれる予約 [記事]

 令和になる二週間前に、お祖父ちゃんが亡くなりました。
去年の8月から、長い入院生活を送っていて、こうきもよくお見舞いにいって
くれました。
 「おじいちゃん、こんにちは」
いつものよく響く声でこうきが病室に入っていくと、
「オウ」と嬉しそうに返事をして、こちらに顔を向けてきたお祖父ちゃん。
骨折からの肺炎で寝たきりになって、物も食べられなくなり、身体は弱っていた
はずでしたが、こうきのあいさつには元気に声を出していました。
 3月に退院できることになって、お祖父ちゃんは嬉しそうでしたが、こうきは病院
に行く楽しみがなくなって、ちょっぴり残念そうでした。
 「おじいちゃん、うちに帰りますか」
 「おじいちゃん、うちに帰ってきてたいへんですか」
何度も繰り返していましたが、、こうきなりにお祖父ちゃんの大変さをわかっていた
のかも知れません。

 家に帰ってきたお祖父ちゃん、半年振りに飼い猫と顔を合わせ、庭からの春の風を
感じ、窓越しに隣の奥さんと話をし、車椅子で食卓にもつき、デイサービスにも出か
け・・・少しずつ、日常を取り戻しつつあったその矢先でした。突然熱を出し、それから
あっという間に遠くへ逝ってしまいました。
 こうきは新学期が始まり、寄宿生活に入っていました。月曜日に出て行って、金曜に
帰ってきたときにはお祖父ちゃんが亡くなってしまっていて、少なからず混乱はあった
と思います。
 「おじいちゃんは天国に行っちゃったよ」
そうこうきに伝えると、その時は落ち着いて受けとめているように見えました。
 けれども、お通夜と葬儀が終わり、しばらくすると、
 「おじいちゃん、なくなっちゃったですか」
 「おじいちゃんはもう見えないですか」
何度も言うようになりました。
 「そうだね、見えないのはさみしいねえ。こうきもさみしい?」
 「さみしいです」
 「このいえは四人になっちゃったですか」
 「そうだね。四人になっちゃったね」
 「おじいちゃん、帰ってきますか」
 「そうだなあ、もう帰ってこないかな・・・」
 何気なく返事をすると、
 「おじいちゃん、帰ってきます!」
と強い口調に。
 そこからはだんだんに早口になってきます。
 「おじいちゃん、帰って来れないですか、また帰ってきますか」
 「おじいちゃん、また生まれますか。いつ生まれますか」
 「一日生まれたい。おばあちゃんも、生まれたい。二人いっしょ帰ってください」
 「一月よやく、帰ってください。パソコンで予約してください。今から、注文します!」
 「おじいちゃんとおばあちゃんと生まれるの、今からたのんでください。今日たのみ
たい。予約して生まれたい!」

 淡々としていると見えた心のうちにも、人がいなくなってしまうことの不思議さや、
何とも言えない欠落やさみしさのようなものを感じていたのか、とはっとしました。
 「生まれるの、予約できたら、本当にいいよね」
答えながら、自分もまたこうきの言葉にふっとなぐさめられたような気がしていました。


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令和のおかね [記事]

 4月が終わりに近づいた頃。
 「あしたは、へいせい31ねんですか」
 「5月1日は、へいせい31ねんですか」
 ニュースやまわりの会話から、何やら変わるらしいということに気づいたこうきです。
 「あのね、平成は4月30日でおしまいになるんだよ。5月1日からは令和1年になるんだよ」
 「4月でへいせいはおわりですか」
 こうきにとっては、わけのわからぬうちに平成から令和とやらになった、という感じなのでしょう、
じっと考えています。
 「このおかね、使えますか」
 いつも持ち歩いている財布から小銭を取り出そうとします。
 「大丈夫、お金はちゃんと使えるよ」
 こちらはあまり考えずにそう答えていました。
 こうきはなんだか納得いかない様子。
 「れいわのおかね、あたらしくなりますか」
 「れいわのおかね、いつできますか」
 「そうだねえ、新しいお金出ると思うけど、まだ先だと思うよ」
 と私。
 「れいわのおかね、いつ出てきますか」
 「れいわのおかね、そのうち出てきますか」
 「れいわのおさつ、出ますか。いつ出ますか」
 「れいわのおさつ、出るかどうか、決まってないですか」
 だんだんしつこくなってきます。
 「まだ、わからないよ。こうき、そんなに令和のお金ほしいの?」
 ちょっと辟易して尋ねると、
 「へいせいのおかね、まだ続きますか」
 「へいせいのおかね、なくなりますか。何日なくなりますか」
 「れいわのおかね、出てきたら、へいせいのおかね、なくなりますか」
 自分の財布から小銭を取り出して、私に突きつけてきます。
 そういうことですか・・・。
 今あるお金が使えなくなったら・・・それは心配だよね。
 高等部になった頃から、こうき、自分の財布を持ちたがり、バス代やジュース代を払うように
なりました。自分でお金を払うことに嬉しさを感じているようで、家の買い物をする時でも、
 「ぼく、はらいます」
 と、さっと横から手が伸び、小銭を何枚もトレーに出して得意げにしています。
 今では、暇があれば、財布に入れてある小銭を出したり入れたり、また出して眺めたり。
 耳元で財布を振って、ジャラジャラ音がするのを楽しんでいる時もあります。
 そうね、
 令和のお金はいつ出るのかしらね。
 どんな音がするのかしらね。





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ワゴンRにさよなら [記事]

 今年に入って、車の調子がおかしくなりました。
こうきが小さい頃からずっと乗っていた軽自動車です。
 少し変な音がすると思ったら、急に加速ができない状態になってしまい、
見てもらうと大がかりな修理が必要だと言われてしまいました。
 買ってから年数も経っているし、仕方なく買い替えをすることに。
こうき、いつも乗っている車が戻ってこないことがとても気になる様子です。
 「 ワゴンRは、しゅうり中ですか」
 「いつ、しゅうりしますか」
何度も聞いてきます。
 「あのね、ワゴンRは動かなくなっちゃったから、新しい車を買うかもしれ
ないんだよ」
説明しても、納得いかないようで、
 「ワゴンR、しゅうりできないですか。もう乗らないですか」
 「2月はしゅうりできますか。3月になったらしゅうりできますか」
などと言ってきます。
 しばらくの間、別の車に乗っていましたが、いよいよ新しい車が来ることに
なったので、そのことをこうきに伝えました。
 「新しい車、3月に来ますか。4月来ますか」
 「いやいや、もっと早く来るからね。楽しみだね」
と新しい車を喜んでくれるものとばかり思っていました。
ところが・・・
 「新しい車きたら、ワゴンRとさよならですか」
 「そうだね。もう少しで、さよならかな」
 「ワゴンR、もう、乗らないですか」
 「そうだね」
 何度かこの会話が繰り返されました。
 
 新しい車の受け取りの日。こうきも一緒に行く時間ができました。
ぴかぴかの車の中をのぞいてみて、嬉しげな様子もあったのですが、
ワゴンRから荷物を積み替え、新しい車で帰ってきてみると、
 「ワゴンRは、もうおわかれですか」とこうき。
 「そうね、お別れだったね。お世話になったね」
 「さよならするの、わすれちゃった。さよなら、したい」
 もう一度、ディーラーに行く用事があったので、こうきも連れて行きました。
そして、水色のワゴンRの元へ。.
小さい頃から12年間乗っていた車。保育園も養護学校も、どこへ行くにも
乗っていた車です。いろんなことが、ありました。
 「じゃあ、ワゴンRにさよならさせてもらおうか」
 すると、こうき、車のボディをポンポン、と何度もなでて「さよなら~」とつぶ
やきます。そのあと、運転席に乗り込み、ハンドルを握って運転気分。
 「おせわになりました~」
助手席にも乗って、名残惜しそうに、しばらく車の中を眺めていました。
「すみません」と言うと、ディーラーの店員さんも、にこにこしながら、「いい
ですよ」と待っていてくれました。

 「ワゴンR、しゅうりできませんか」
 こうき、ディーラーのお兄さんにもう一度聞きます。
 「そうですね。修理は難しいかもしれませんね。修理しても直らなかったら、
もう乗れないですね」
 「もう、しゅうりできませんか。しゅうりできなかったら、ゴミですか」
こうきはワゴンRが捨てられてしまうことを心配しているようでした。
 「部品を外して使うことがあるかもしれないし、もしかしたら、このまま売って、
修理して乗る人がいるかもしれません」
 「まだ動くかもしれないんだって。人が乗るかもしれないって」
その言葉を聞いて、こうきは安心したようでした。

 「ワゴンRにさよならしました」
 「12年間おせわになりました」
 「本当にお世話になったね。さよならできて、よかったね」
 こうきのおかげで、長年乗った車のことをいとおしみ、感謝する時間が持て
ました。


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ビルクリ挑戦 [記事]

 去年新しく挑戦したこと。それは「ビルクリ」でした。
 「ビルクリ」とは、正式に言うと、「ビルクリーニング」技能検定のこと。
台ふきやほうき、モップのかけ方などの清掃の技能を身に付け、その成果を
検定するというものです。
 実はこの検定、昨年度から養護学校で希望者を募り、練習、受検を行って
きたものですが、こうきにはちょっとハードルが高いかな、と思ってあきらめて
いたことでした。
 というのも、「ビルクリ」の清掃手順はとても事細かに決められていて、ひとつ
ひとつのやり方を正確にできなければ、合格は難しいとのこと。
 それでも、せっかく学校で「ビルクリ」を取り入れてくれているのだから、やらな
い手はない。先生や同級のお母さんと相談し、できるところまでやってみようと、
思い切って挑戦することにしました。

 参観日に行われた、第1回ビルクリ講習をのぞいてみました。
 「ビルクリ」には、「台ふき」「自在ほうき」「モップ」「スクイジー」の四つの種目が
ありますが、最初の講習は「台ふき」でした。
 ビル清掃の専門家の先生が来てくれ、台ふきのやり方を説明してくれます。
 まず、タオルを雑巾にするためのたたみ方。
 膝をついてバケツの水にタオルをひたし、水をしぼる、そのしぼり方。
 机の拭き方も横方向に何回、縦方向に何回とだいたい決まっていて、丁寧に
拭いた後に、また乾いたタオルでから拭きをする。
 見ているこちらも覚えられないような複雑さでした。
 これ、こうきにできるのだろうか・・・
 始めてみると、案の定、こうき、絞るところからもう難しい。
 いつも自己流で、タオル丸めて両手でおにぎり絞りしていたから、それを直すのは
時間がかかりそうです。
 拭き方も、きっちり隅までという意識がなかなか持てず、なんとなくまーるく拭いて、
はい、おしまい。
 これは大変だぞ、という印象でした。

 それでも、何度か講習を受け、こうきなりに練習を重ねていきました。
 実際、受検はしなくても、練習だけでもいいと思っていたのですが、学校の先生からは、
できるところまで、内容を精選して受検を目指しましょう、というお話がありました。 
 「台ふき」の最初のところだけ。身支度をして、雑巾を絞るところまでを完璧にすることが
目標となりました。
 検定が近づくにつれて、練習の時間が何度かあったのですが、先生が、
 「今日は10回くらい練習しよう」と言うと、本人は、
 「もっとやりたい!20回やりたい!」
と、かなり積極的だったようです。

 そして、当日。
 県内の特別支援学校の生徒が集まり、最初は開会式。
 式が終わると、早速検定が始まりました。
 あらかじめ、先生と一緒にシャツをズボンに入れ、袖を折り曲げてもらい身支度を整えます。
これも検定の10級相当になるのです。
 親も傍で見ていていいということなので、先に検定教室の隅で待機。先生も後ろから見守って
くれます。
 こうき、名前を呼ばれ、教室に入ってきます。いつものこうきと変わらない感じですが、
なんだろう、独特の雰囲気で、親の方が緊張してしまいます。
 入ってきたところに白いラインの印があり、そこに立ってスタートです。
 「○○ようごがっこう、○○こうきです!」
 大きすぎるくらいの声で元気にコールができました。
 検定員の方が座る目の前で、検定開始です。
 脇の机にある検定用のタオルを折り、ひざをついて、バケツの水で濡らします。
それを両手で内側にひねるように絞る。こうきが以前はできなくて、一番練習した部分ですが、
その形でしっかり力を入れて絞ることができました。
 そのあと、タオルを広げて、その上で自分の手をパンパンと拭く、ということなのですが、
パンパン、パンパン、パンパン、パンパン・・・あらら。
だいぶパンパンが長いぞ・・・と思ったのですが、やっと終わって、机の上にタオルを置きました。ホッ。
 白線のところに戻り、「おわりました!」
 あっという間の検定でした。

 検定員の方からは、
 「よく頑張りました。また練習して、今度は机を拭くところまで挑戦してください」という講評を
いただきました。
 おそらく、一緒に受けた生徒の中でも、一番短い検定時間だったと思います。
 それでも、ビルクリに挑戦できた、ということはとても良い経験になりました。
 できないと思うようなことも、続けていればできるようになるかもしれない。こうきがそれを
少しでも感じてくれたとしたら嬉しいことです。
 何度も指導してくださった先生に、感謝です。
 「らいねんも、ビルクリやります!」
 「さらいねんも、ビルクリやります!」
 再来年は学校を卒業しているけどね。
 やる気があるのは、いいことですね。 
 

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職場実習に行ってきました [記事]

 長いことブログにアクセスできない状態が続いていましたが、
復活できほっとしています。

 この半年の間に、こうきは何度か職場実習を経験しました。
 高等部に入ると、いよいよ卒業後の進路ということが身に迫ってきます。
 学校では度々職場見学の機会があり、進路先一覧の資料もいただいては
いるのですが、最終的に決めるのは親と本人。
 さて、どこに行けばよいのか?
 とても悩みます。

 現在、障害者の就労先については、大きく5つに分かれています。

 生活介護事業所       日常生活上の様々な支援、創作的活動・生産活動の機会、
                   身体機能や生活能力の向上のための援助などが受けられる。
 就労継続支援B型事業所  福祉就労で雇用契約はなし。最低賃金は保証されない。
 就労継続支援A型事業所  福祉就労で雇用契約あり。最低賃金は保証されるが労働時間
                   は短く、その事業所数は少ない。
 就労移行支援事業所     2年間で働くための技能や態度を高める場所。報酬はなし。
 一般就労            一般企業での雇用契約。障害者雇用制度の利用。

 
 こうきの学校では、高1の後期に一ヶ所、そして高2では前期と後期にそれぞれ
二ヶ所ずつ職場実習に行くことになっていますが、取りあえず、最初の実習は、
無理なく過ごせる場所を、と考え、ある事業所さんに決めました。
 先輩お母さんに「とてもいいよ」と聞いていたその実習先は、生活介護と継続支援
B型の両方を兼ねていて、どちらかと言うと生活介護に重きを置いているようでした。
 仕事は、利用者さんのペースに合わせてゆっくりと行われ、音楽活動や散歩、パソ
コンの閲覧など、余暇の時間が多く取り入れられた日課となっていました。
 自分の好きな活動が多いため、こうきはいつもと変わらない様子で過ごせていたよう
です。

 2年生になってからの前期の実習は、この事業所さんに再度三日間と、もう一ヶ所、
家から近く通いやすい別の事業所さんに三日間行くことになりました。

 最初のゆったりな実習先では、朝のラジオ体操から歌の時間、散歩の時間があって、
そこから資源物の処理の仕事が始まりました。空き缶つぶしと、ペットボトルのキャップ
を取りラベルをはがす作業。これはこうきの好きな作業でもあるので、結構手早くこな
していました。午後は不用紙をシュレッターにかける作業で、これも二回目ということも
あり、手慣れた様子で取り組んでいました。
 別の日は、畑に出て石拾いをしたり、クッキー製品のラベル選別や、袋詰め作業のお手
伝いをしたりしました。初めての作業は戸惑うこともありましたが、内容が理解できれば、
なんとか最後までやりきることができました。
 一日、墨や絵の具を使った創作活動の日もあって、いろいろな経験をさせてもらい、本人
は学校の延長のようなリラックスした感じで実習を終えることができたようです。
 親も、安心して付き添い見学することができました。

 ところが、後の実習先では、なかなか厳しい現実が待っていました。
 その事業所さんでは、メインの作業が箱の組み立てとなっており、最初にその練習から
始まったのですが、職員さんが練習用の箱を「こう折って、こう折って」と説明し始めたとこ
ろから、こうきの様子が変わってきました。
 一回自分でやってはみたものの、その視線は目の前の箱から離れ、あらぬ方に向かい、
箱の台紙を折り目ではないところで曲げようとしてしまうのです。
 「紙を曲げてはだめだよ。先生のところを見て」
 「下をよく見て」
 職員さんと先生と母とで代わる代わる声をかけるのですが、もう全くその声が届かない感
じです。
 「はこおり、やりません」
 「むずかしい!」
 「できない!!」
 大きな声を出し、きっぱりと拒否でした。
 複雑な作業の箱折りはこうきには難しいとわかっていましたが、そこまでとは・・・。
 練習ぐらいはできるのかな、して欲しい、と思っていた母も甘かった。
 手順の分かりにくいこと、見通しの持てないことに対しては、どうしたらよいかわからなくなっ
てしまうのでしょう。
 せめて、練習の箱に折る順番の番号がつけてあれば、などと思ってしまいましたが、それも
甘いのかもしれません。
 今までたっぷり支援を受けてきた学校と、少なからず利益を上げなければならない事業所
とは違う、ということを思い知らされた経験でした。

 箱折りを拒否したこうきは、そのあと、広告ちぎりと事業所製品の納品と老人ホームの衣服
たたみなどを経験させてもらいました。
 広告ちぎりは、学校でやっている雑誌やぶりと似ているので、まあオッケー。それに紙を組み
立てるより壊す方が本人的には楽しいらしいです。
 納品も、お出かけが大好きなこうきには、ドライブができて楽しい仕事です。
 同じく、老人ホームに出かけるのはよかったのですが、衣服をきれいにたたむという仕事は、
やはり苦手意識があるのか、イライラして職員さんからの指導を素直に受けられない状況が
あったようです。
 こうきに実習の感想を聞くと、「たのしかった」とのことでしたが、仕事をすることの厳しさを味
わった二ヶ所目の実習でした。
 
 おのおのの席に静かに座り、黙々と箱を組み立てていく利用者さんたちの姿に感心しながら、
親もいよいよこれからをきちんと考えなくてはいけないぞ、と気持ちを新たにしたのでした。



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ゴーちゃんに会いに行く [記事]

 いつからか分かりませんが、ゴーちゃん、ゴーちゃんと騒ぐようになりました。
 よく聞けば、テレビ朝日の番組キャラクターとのこと。
 今、こうきもパソコンで自由にユーチューブを見ることが日課となっていて、
いつの間にやらいろんな画像を開くようになっています。だいぶ昔の「お母さ
んといっしょ」の歌やら「サザエさん」のテーマソング、どこかのエレベータ一や、
駅のホームの画像などなど。どれも、今のこうきのお気に入りが流れています。
ゴーちゃんもそんな中で出会ったのでしょう。
 パンダが王子様の服を着た、なかなか可愛らしいキャラクターです。
 しかし・・・このゴーちゃん、どうやら私たちの住む地方局では登場しないらしく、
東京近郊のテレビ朝日局でしか見られない。そのことが、こうきにとっては大変な
あこがれというか、ストレスになっているようでした。

 そのうちに、週間テレビガイドの首都圏版をわざわざ買い、いろいろなチャンネル
をチェック。テレビ朝日欄は特に念入りに見ているようです。
 「ゴーちゃん、見れますか。どこで見れますか」
 「ゴーちゃんのこの番組、やってますか」
 「DVDはありますか」
 「ゴーちゃんの映画、みたい」
 だんだんゴーちゃん三昧になってきました。
 あまりうるさく「パソコンで調べる、」というので、見てみると、本当に昨年末にゴーち
ゃんの映画が公開されたとのこと。そこから、映画のDVDはあるか、映画館で観られ
るのか、どこで観られるのか、またまた質問が止まらなくなります。さらに調べてみると、
この映画は一般上映されておらず、DVDも発売されていないので、仕方なくユーチュ
ーブで観せることに。
 こうき、一応それで納得はしたようですが、今度は2月に公開される新作が観たい、と
言い始めました。それも、3月に東京で上映会があることを知り、行きたくてたまらなくな
ってってしまったのです・・・。
 もともと3月に東京ディズニーシーに行こうかと言っていた(これもこうきの希望)ところ
で、ちょうど上映会の日と重なってもいたので、その無料上映会に応募してみることにし
ました。(ただし、当たらなかったら、行くの無理だよ、と釘を刺しておいて)

 そこから、本人はもう「映画見に行く」ことで頭がいっぱい。いつ抽選結果がわかるのか
毎日何度も聞いてきます。抽選日が過ぎ、一週間経っても結果メールが届かない。しつ
こく聞かれて、こちらも面倒になり、
 「もうだめだった。当たらなかったよ」
と言うことにしました。
 ところが、上映日の一週間前になって、突然当選おめでとうメールが・・・
 こうきの顔が輝いたのは言うまでもありません。

 上映会当日。
 ホール真ん中のなかなか良い席に座ったこうき、舞台に声優さんたちとゴーちゃん
(着ぐるみです)が出てきた時には、心底うれしそうな顔。
 「ゴーちゃん、来ました」
と大拍手です。
 映画は、パンダのゴーちゃんとモコちゃんという女の子の交流を描いたもので、モコちゃ
んがゴーちゃんとペアを組んでフィギアスケート大会に挑戦するというストーリー。
 映画の内容が理解できたかどうかは定かではありませんが、静かに最後まで見ている
ことができました。
 上映会最後のお別れに、ゴーちゃんが客席を回ってくれ、こうきは何気に握手。
 その後もゴーちゃんの姿が見えなくなるまでじーっと目で追っていました。
 帰りにゴーちゃんグッズ販売に寄り、キーホルダーとプリンを自ら選び、大満足のようでした。

 あれから、しばらく、
 「ゴーちゃんに会いにいきました」
 「たのしかった」
 何度も繰り返し、ゴーちゃんとのひとときをかみしめていました。
 「またゴーちゃんにあえますか」
 「らいねん、えいが見に行きますか」
 また、長い問いへの始まりがほの見えたので、
 「もう来年はないよ」
 再び釘を刺しておきました。 

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ルーツ探し [記事]

 昨年からしきりに言い出したのが、
 「こうきくん、どこで、うまれました」
 東京だよ、東京の医師会病院で生まれたんだよ、と話をすると、
 「れーちゃん、どこで、うまれました」、
 れーちゃんも東京で生まれたんだよ。
 「にいちゃん、どこで、うまれました」
 兄ちゃんは、こっちの病院で生まれました。と答えると、そこから、
お母さんは、パパは、じいちゃんは、ばあちゃんは・・・と質問攻めです。

 「こうきくんは、東京で何年間すみました」
 「ほいくえん、どこに行きました」「何年、行きました」
 「何年に、こっちに来ました」
 「東京は、ようごがっこうありますか」
 「ようごがっこうの、寄宿舎ありますか」
 「寄宿の図書室ありますか」
 次から次へと知りたいことが増え、それも正確に何年に何があった、と
答えなくてはならないので(間違えると指摘されるのです)、こちらもだんだん
答えるのが面倒になり、年表を書いておくことにしました。
 2001年 いしかいびょういんでうまれる
 2004年 〇〇ほいくえんにはいる
 2006年 おひっこし
などというように。
こうきもそれを見て、ひとまず安心するようでした。

 それでも、東京時代の話は尽きず、あまりに自分の中で盛り上がって細かい
ことをあれこれ聞いてくるので、昔の写真を出してきて見せることにしました。
 こうき、何度も何度もめくっては自分の小さい頃の姿を眺めています。
 「こうきくん、はしってる」
 「おかあさん、なんか、食べてますか」
 「パパ、にこにこですか」
 写真を見ながら、状況を説明するような言葉を発します。かと思えば、写真の
背景にわずかに映ったビデオデッキが「ビクター」なのか、テレビは「パナソニッ
ク」なのか、いうものこうきらしく聞いてきたりもします。
 そのうちに、春休みに東京に行こうか、という話が持ち上がると
 「いしかいびょういんに行きたい」
 「〇〇ようごがっこう、見に行きたい」
と繰り返し言うようになりました。
 どうせなら、と懐かしい場所を10年ぶりに訪ねることにしました。

 3月、春休みに入ってすぐに東京へ。
 こうきが生まれて5歳まで過ごした場所に向かいます。
 地下鉄に乗り、終点近くの駅に降り立つと、昔とほとんど変わらない景色が・・・
大型団地が立ち並び、階下には商店街があり、こうきがよく走り回っていた団地の
中の公園はほぼそのまま。変わらず子どもたちでにぎわっています。
 「こうき、ここで遊んだの、覚えてる?」
 「おぼえてる!」
 本当かどうかはわかりませんが、自閉症の人は記憶が鮮明であるというので、
あながちいいかげんな答えではないのかもしれません。
 それから、保育園、昔住んでいたマンション、公園、養護学校、医師会病院・・・と
こうきに関わる場所を訪ね、写真を撮って帰って来ました。
 こうきは、ずっと来たかった場所、見たかった場所を巡ることができて、満足のよう
でした。
 私も、久しぶりに懐かしい場所を歩き、むずかしい子育てでもがいていた、嵐のよう
な日々がよみがえりました。
 でもそれは決して重苦しい記憶ではなく、何となく、ああいう時期が過ぎてしまったん
だなあと、どこか遠いことのように、感じられもしたのでした。

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はじめてのスキー [記事]

 先日、はじめてスキー教室に参加しました。
 本人のたっての希望です。
 養護学校は、高等部になるとスキー教室があるのですが、一部のクラスのみが対象です。
年間スケジュールをくまなくチェックしているこうきは、自分もスキーに行きたい、という気持
ちがむくむくとわき上がってきてしまったようなのです。
 そんな時、たまたま障害者向けのスキー教室があることを知り、早速申し込むことにしま
した。
 一応スキーの映像を見せ、スキーってこんな感じ、という事前の予習もしておきました。

 当日、心配していた天気は快晴。
前日までほどよく雪が降っていたので、絶好のスキー日和です。
 障害者スポーツの場を提供している団体の職員、ボランティア、スキーのインストラクター
の方々が講師となり、教室が始まりました。
 クラスは、初級班、初級~中級班、身体障害のある方向けのバイスキー班、と分かれ、
小学生から成人まで、幅広い年齢の方が集まっています。
 こうきは、まったくの初心者。まずはスキー靴を履くところからです。
 普段は障害者施設で働いているという、ボランティアのK先生が、手際よく靴を履かせて
くれます。が、その窮屈さと歩きにくさに、はじめから気乗りしない様子。
 おまけに、持ってきたゴーグルが見当たらなくなってしまい、本人も母も大あわて。
ゴーグルがない、という気になることを抱えたまま、教室を始めることになってしまいました。
 何しろ母は三十年ぶりのスキー、いろんなことを忘れていて何かともたついてしまいます。
介助で一緒にスキーをすることになりましたが、同じようにボラさんに靴を履かせてもらう
始末です。

 こうきは、スキーの不自由さに戸惑いながらも、まずは片足だけスキー板をつけて歩くと
いうところから始まりました。キックボードに慣れているこうき、これは得意。調子良すぎて
人にぶつかりそうになってしまうほど速く進みます。
 お、いいぞ。と思っていたら、両足スキー板をつけると、とたんに難しい。なかなか前に
進みません。
 そこでK先生が、中腰でこうきのスキー板を前から持ち、引っぱって移動させてくれます。
自分たちがスキーを習ったときは、まずは歩きなさい、斜面を登りなさい、というところから
始まった記憶があるのですが、K先生のやり方は違っていました。
 スキーの感覚を味わうために、まずは強制的に滑っている状態を作ってあげているよう
でした。
 知的障害があると、身体の使い方にも不自由さがあり、また不安感も大きいので、ただ歩け、
と言われても、うまくいかないことがあります。
 そのあたりをK先生はよく心得ているようでした。こうきが、すぐに嫌になってしまって
「きゅうけい」と、飲み物を持ってきて座り込んでしまっても、無理せず、休もうか、と付き合ってく
れていました。

 そんなふうに平地での移動と休憩の繰り返しを何度か続けるうち、だいぶスキーの滑りにも
慣れてきました。
 次の段階は、ゆるやかな斜面を歩いて上り、そこからボーゲンの形で下りるというものです。
そこでもK先生は、こうきのスキーをハの字の形にして、その先端を持ったまま、自分は後ろ
向きに斜面を下ります。そのおかげで、こうきは抵抗なく斜面を下りることができました。
 ここまでの段階は、なんとかクリアです。
 ただ、難関がひとつ。はじめから、ずっとこうきが気になって、その視線が向いている先が、
リフトです。
 「リフトは、こわいですか」
 「リフトは、のりません」
 とにかく、リフトの動きが気になって仕方なく、にらみつけるようにじっと見てそのまま動きま
せん。
 「ここで、すべります」
 「3じになったら、かえる」
 昼食後も下の方の斜面で何度も滑り、スキーに慣れてもきたので、K先生と、なんとか一回
だけでも上に行けたらと話していたのですが、思うより恐怖感があるようで、いくら「こわくない
よ」と励ましてもダメでした。
 そして、最後の一時間を切った頃、それでもと思って、言ってみました。
 「最後に一回だけリフト乗れたら、明日お出かけできるよ」
 「先生が、一緒に乗ってずっと手をつないでいてくれるから、大丈夫」
 すると、不安げな顔をしながらも、すっとリフトの方に向かう様子を見せたのです。 
やった!ごほうびと、手をつないでくれる、というのがよかったのかな。
 リフトはスキー場の方の配慮で、乗るときと下りるときに一時的に停止してくれたので、安心
感がありました。
 無事上りきってリフトを下りたときには、がんばったねと、先生とハイタッチ。
聞けば、最初のうちは震えていたけれど、そのうちに握っていた手の力も弱くなっていったそう
です。
 リフト、どうだった、と聞くと、こうきも
 「こわくなかった!」との返事。
 あとの急な斜面も、K先生にスキー板を持ってもらって、難なく下りられ、見事ゲレンデデビュ
ーを果たすことができたのでした。
 最後にもう一度リフトに乗ることもでき、はじめてのスキー体験、こうきにとっては上出来で、
K先生には本当に感謝の一日となりました。

 帰りの車の中、今日のスキーはどうでしたか、と聞くと、つぶやくように、
「スキーは、まんぞくでした」との答え。
 実は、家に帰ってから熱が出ていたことが判明。もしかしたら、本人はだいぶ無理していた
のかもしれませんが、その頑張りには拍手を送りたいと思います。

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