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ゴーちゃんに会いに行く [記事]

 いつからか分かりませんが、ゴーちゃん、ゴーちゃんと騒ぐようになりました。
 よく聞けば、テレビ朝日の番組キャラクターとのこと。
 今、こうきもパソコンで自由にユーチューブを見ることが日課となっていて、
いつの間にやらいろんな画像を開くようになっています。だいぶ昔の「お母さ
んといっしょ」の歌やら「サザエさん」のテーマソング、どこかのエレベータ一や、
駅のホームの画像などなど。どれも、今のこうきのお気に入りが流れています。
ゴーちゃんもそんな中で出会ったのでしょう。
 パンダが王子様の服を着た、なかなか可愛らしいキャラクターです。
 しかし・・・このゴーちゃん、どうやら私たちの住む地方局では登場しないらしく、
東京近郊のテレビ朝日局でしか見られない。そのことが、こうきにとっては大変な
あこがれというか、ストレスになっているようでした。

 そのうちに、週間テレビガイドの首都圏版をわざわざ買い、いろいろなチャンネル
をチェック。テレビ朝日欄は特に念入りに見ているようです。
 「ゴーちゃん、見れますか。どこで見れますか」
 「ゴーちゃんのこの番組、やってますか」
 「DVDはありますか」
 「ゴーちゃんの映画、みたい」
 だんだんゴーちゃん三昧になってきました。
 あまりうるさく「パソコンで調べる、」というので、見てみると、本当に昨年末にゴーち
ゃんの映画が公開されたとのこと。そこから、映画のDVDはあるか、映画館で観られ
るのか、どこで観られるのか、またまた質問が止まらなくなります。さらに調べてみると、
この映画は一般上映されておらず、DVDも発売されていないので、仕方なくユーチュ
ーブで観せることに。
 こうき、一応それで納得はしたようですが、今度は2月に公開される新作が観たい、と
言い始めました。それも、3月に東京で上映会があることを知り、行きたくてたまらなくな
ってってしまったのです・・・。
 もともと3月に東京ディズニーシーに行こうかと言っていた(これもこうきの希望)ところ
で、ちょうど上映会の日と重なってもいたので、その無料上映会に応募してみることにし
ました。(ただし、当たらなかったら、行くの無理だよ、と釘を刺しておいて)

 そこから、本人はもう「映画見に行く」ことで頭がいっぱい。いつ抽選結果がわかるのか
毎日何度も聞いてきます。抽選日が過ぎ、一週間経っても結果メールが届かない。しつ
こく聞かれて、こちらも面倒になり、
 「もうだめだった。当たらなかったよ」
と言うことにしました。
 ところが、上映日の一週間前になって、突然当選おめでとうメールが・・・
 こうきの顔が輝いたのは言うまでもありません。

 上映会当日。
 ホール真ん中のなかなか良い席に座ったこうき、舞台に声優さんたちとゴーちゃん
(着ぐるみです)が出てきた時には、心底うれしそうな顔。
 「ゴーちゃん、来ました」
と大拍手です。
 映画は、パンダのゴーちゃんとモコちゃんという女の子の交流を描いたもので、モコちゃ
んがゴーちゃんとペアを組んでフィギアスケート大会に挑戦するというストーリー。
 映画の内容が理解できたかどうかは定かではありませんが、静かに最後まで見ている
ことができました。
 上映会最後のお別れに、ゴーちゃんが客席を回ってくれ、こうきは何気に握手。
 その後もゴーちゃんの姿が見えなくなるまでじーっと目で追っていました。
 帰りにゴーちゃんグッズ販売に寄り、キーホルダーとプリンを自ら選び、大満足のようでした。

 あれから、しばらく、
 「ゴーちゃんに会いにいきました」
 「たのしかった」
 何度も繰り返し、ゴーちゃんとのひとときをかみしめていました。
 「またゴーちゃんにあえますか」
 「らいねん、えいが見に行きますか」
 また、長い問いへの始まりがほの見えたので、
 「もう来年はないよ」
 再び釘を刺しておきました。 

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ルーツ探し [記事]

 昨年からしきりに言い出したのが、
 「こうきくん、どこで、うまれました」
 東京だよ、東京の医師会病院で生まれたんだよ、と話をすると、
 「れーちゃん、どこで、うまれました」、
 れーちゃんも東京で生まれたんだよ。
 「にいちゃん、どこで、うまれました」
 兄ちゃんは、こっちの病院で生まれました。と答えると、そこから、
お母さんは、パパは、じいちゃんは、ばあちゃんは・・・と質問攻めです。

 「こうきくんは、東京で何年間すみました」
 「ほいくえん、どこに行きました」「何年、行きました」
 「何年に、こっちに来ました」
 「東京は、ようごがっこうありますか」
 「ようごがっこうの、寄宿舎ありますか」
 「寄宿の図書室ありますか」
 次から次へと知りたいことが増え、それも正確に何年に何があった、と
答えなくてはならないので(間違えると指摘されるのです)、こちらもだんだん
答えるのが面倒になり、年表を書いておくことにしました。
 2001年 いしかいびょういんでうまれる
 2004年 〇〇ほいくえんにはいる
 2006年 おひっこし
などというように。
こうきもそれを見て、ひとまず安心するようでした。

 それでも、東京時代の話は尽きず、あまりに自分の中で盛り上がって細かい
ことをあれこれ聞いてくるので、昔の写真を出してきて見せることにしました。
 こうき、何度も何度もめくっては自分の小さい頃の姿を眺めています。
 「こうきくん、はしってる」
 「おかあさん、なんか、食べてますか」
 「パパ、にこにこですか」
 写真を見ながら、状況を説明するような言葉を発します。かと思えば、写真の
背景にわずかに映ったビデオデッキが「ビクター」なのか、テレビは「パナソニッ
ク」なのか、いうものこうきらしく聞いてきたりもします。
 そのうちに、春休みに東京に行こうか、という話が持ち上がると
 「いしかいびょういんに行きたい」
 「〇〇ようごがっこう、見に行きたい」
と繰り返し言うようになりました。
 どうせなら、と懐かしい場所を10年ぶりに訪ねることにしました。

 3月、春休みに入ってすぐに東京へ。
 こうきが生まれて5歳まで過ごした場所に向かいます。
 地下鉄に乗り、終点近くの駅に降り立つと、昔とほとんど変わらない景色が・・・
大型団地が立ち並び、階下には商店街があり、こうきがよく走り回っていた団地の
中の公園はほぼそのまま。変わらず子どもたちでにぎわっています。
 「こうき、ここで遊んだの、覚えてる?」
 「おぼえてる!」
 本当かどうかはわかりませんが、自閉症の人は記憶が鮮明であるというので、
あながちいいかげんな答えではないのかもしれません。
 それから、保育園、昔住んでいたマンション、公園、養護学校、医師会病院・・・と
こうきに関わる場所を訪ね、写真を撮って帰って来ました。
 こうきは、ずっと来たかった場所、見たかった場所を巡ることができて、満足のよう
でした。
 私も、久しぶりに懐かしい場所を歩き、むずかしい子育てでもがいていた、嵐のよう
な日々がよみがえりました。
 でもそれは決して重苦しい記憶ではなく、何となく、ああいう時期が過ぎてしまったん
だなあと、どこか遠いことのように、感じられもしたのでした。

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はじめてのスキー [記事]

 先日、はじめてスキー教室に参加しました。
 本人のたっての希望です。
 養護学校は、高等部になるとスキー教室があるのですが、一部のクラスのみが対象です。
年間スケジュールをくまなくチェックしているこうきは、自分もスキーに行きたい、という気持
ちがむくむくとわき上がってきてしまったようなのです。
 そんな時、たまたま障害者向けのスキー教室があることを知り、早速申し込むことにしま
した。
 一応スキーの映像を見せ、スキーってこんな感じ、という事前の予習もしておきました。

 当日、心配していた天気は快晴。
前日までほどよく雪が降っていたので、絶好のスキー日和です。
 障害者スポーツの場を提供している団体の職員、ボランティア、スキーのインストラクター
の方々が講師となり、教室が始まりました。
 クラスは、初級班、初級~中級班、身体障害のある方向けのバイスキー班、と分かれ、
小学生から成人まで、幅広い年齢の方が集まっています。
 こうきは、まったくの初心者。まずはスキー靴を履くところからです。
 普段は障害者施設で働いているという、ボランティアのK先生が、手際よく靴を履かせて
くれます。が、その窮屈さと歩きにくさに、はじめから気乗りしない様子。
 おまけに、持ってきたゴーグルが見当たらなくなってしまい、本人も母も大あわて。
ゴーグルがない、という気になることを抱えたまま、教室を始めることになってしまいました。
 何しろ母は三十年ぶりのスキー、いろんなことを忘れていて何かともたついてしまいます。
介助で一緒にスキーをすることになりましたが、同じようにボラさんに靴を履かせてもらう
始末です。

 こうきは、スキーの不自由さに戸惑いながらも、まずは片足だけスキー板をつけて歩くと
いうところから始まりました。キックボードに慣れているこうき、これは得意。調子良すぎて
人にぶつかりそうになってしまうほど速く進みます。
 お、いいぞ。と思っていたら、両足スキー板をつけると、とたんに難しい。なかなか前に
進みません。
 そこでK先生が、中腰でこうきのスキー板を前から持ち、引っぱって移動させてくれます。
自分たちがスキーを習ったときは、まずは歩きなさい、斜面を登りなさい、というところから
始まった記憶があるのですが、K先生のやり方は違っていました。
 スキーの感覚を味わうために、まずは強制的に滑っている状態を作ってあげているよう
でした。
 知的障害があると、身体の使い方にも不自由さがあり、また不安感も大きいので、ただ歩け、
と言われても、うまくいかないことがあります。
 そのあたりをK先生はよく心得ているようでした。こうきが、すぐに嫌になってしまって
「きゅうけい」と、飲み物を持ってきて座り込んでしまっても、無理せず、休もうか、と付き合ってく
れていました。

 そんなふうに平地での移動と休憩の繰り返しを何度か続けるうち、だいぶスキーの滑りにも
慣れてきました。
 次の段階は、ゆるやかな斜面を歩いて上り、そこからボーゲンの形で下りるというものです。
そこでもK先生は、こうきのスキーをハの字の形にして、その先端を持ったまま、自分は後ろ
向きに斜面を下ります。そのおかげで、こうきは抵抗なく斜面を下りることができました。
 ここまでの段階は、なんとかクリアです。
 ただ、難関がひとつ。はじめから、ずっとこうきが気になって、その視線が向いている先が、
リフトです。
 「リフトは、こわいですか」
 「リフトは、のりません」
 とにかく、リフトの動きが気になって仕方なく、にらみつけるようにじっと見てそのまま動きま
せん。
 「ここで、すべります」
 「3じになったら、かえる」
 昼食後も下の方の斜面で何度も滑り、スキーに慣れてもきたので、K先生と、なんとか一回
だけでも上に行けたらと話していたのですが、思うより恐怖感があるようで、いくら「こわくない
よ」と励ましてもダメでした。
 そして、最後の一時間を切った頃、それでもと思って、言ってみました。
 「最後に一回だけリフト乗れたら、明日お出かけできるよ」
 「先生が、一緒に乗ってずっと手をつないでいてくれるから、大丈夫」
 すると、不安げな顔をしながらも、すっとリフトの方に向かう様子を見せたのです。 
やった!ごほうびと、手をつないでくれる、というのがよかったのかな。
 リフトはスキー場の方の配慮で、乗るときと下りるときに一時的に停止してくれたので、安心
感がありました。
 無事上りきってリフトを下りたときには、がんばったねと、先生とハイタッチ。
聞けば、最初のうちは震えていたけれど、そのうちに握っていた手の力も弱くなっていったそう
です。
 リフト、どうだった、と聞くと、こうきも
 「こわくなかった!」との返事。
 あとの急な斜面も、K先生にスキー板を持ってもらって、難なく下りられ、見事ゲレンデデビュ
ーを果たすことができたのでした。
 最後にもう一度リフトに乗ることもでき、はじめてのスキー体験、こうきにとっては上出来で、
K先生には本当に感謝の一日となりました。

 帰りの車の中、今日のスキーはどうでしたか、と聞くと、つぶやくように、
「スキーは、まんぞくでした」との答え。
 実は、家に帰ってから熱が出ていたことが判明。もしかしたら、本人はだいぶ無理していた
のかもしれませんが、その頑張りには拍手を送りたいと思います。

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文字を書くこと [記事]

 字を書くことは、こうきにとって昔から苦手なことでした。
 鉛筆を持って、線を引く。
 私たちは普段、簡単にやっていますが、こうきにとってそれはなかなか難しい
ことのようです。
 
 小学部の頃、学校の個別学習の時間に、毎日ひらがなの練習をしていました。
先生がなぞり書きのひらがなプリントを用意して下さって、繰り返し同じ字を練習
しました。同じプリントを何枚もやり、毎日の宿題でも、かなり長い間続けていたの
ですが、文字としての形になるのは容易ではありませんでした。 
 どうやら、直線や、曲線を思い通りに書けるようにならないと、文字というのは
うまく書けないようなのですが、線を引く微妙な力加減というのが、とても難しい。
 こうきの場合、力が入り過ぎてしまい、コントロールされた線を書くことができない
のです。
  こうきも自分でうまく書けないという思いがあったのか、自分から進んで書くという
ことはありませんでした。 

 唯一、文字を書こうと張り切ったのは、2歳年下の妹が小学校に入学して、ひら
がなをノートに書き始めたとき。
 こちらが何も言わないのに、自分も、というように白文ノートを出してきて、練習を
始めました。頑張って何冊も書いていましたが、複雑な形のひらがなは、なかなか
うまく書けません。そのうちに妹の方がうまくなり、漢字を書き始め・・・こうきの方の
練習は、長くは続きませんでした。
 文字を書くことが、こうきにとっては必要性が感じられることではなかったということ
もあるのでしょう。自分の意思を言葉に出して伝えることができるようになったこうき
は、文字を書くことが、あまり意味のあることではなかったのかもしれません。

 ところが、この冬休み、何もすることがなく暇な時に、教科書として学校からいただ
いていた「ひらがな練習ノート」を開いてみました。
 休み中に学習的な宿題が出ることは、もうなくなっていましたし、学年が進んできて、
作業学習が中心になってきているので、文字を練習すること自体もほとんどやらなく
なっていました。
 ところが、直線や曲線、ひらがなを少しなぞってみると、急に「じをかきたい」と言い
出しました。白文ノートを出すと、
 「とうきょう、いしかいびょういん、うまれました。書く」
 「とうぶのおみせ、かいもの、いきました。書く」
 「ちかてつ、のりました。書きたい」
 最近興味のある、自分が生まれた頃のこと、東京での出来事を書きたいと言うの
です。
 一文字一文字、こちらに確認しながら、書いていきます。
 「こ」「い」「た」「に」「つ」などの簡単な字は自分でも覚えていて、形は決してうまくは
ないけれど、何とか書ける。「ま」「よ」「か」「す」「も」などもかろうじていけます。でも、
「ふ」「な」「れ」「ね」「め」になるとお手上げです。こちらが書いてあげるのをなぞって
書くしかありません。
 書き上がった文字は、他の人が見たら、すべて判読できるものではありません。
 それでも、自分の書いておきたいことを文字にすることができて、本人は満足のよう
でした。

 それから、度々文字を書いています。
小さい頃に行った場所のこと、これからの予定、自分の乗るバスの発着時刻。
いろいろです。
 気になっていることが文字になることで、安心もするようです。
書くことが苦手なら、パソコンやタブレットを使ってもよいのかもしれない。
 せっかくの書きたいという気持ちに、少し付き合ってみたいと思います。



 

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母の入院 [記事]

 夏も終わり、ほっとしていたのもつかの間、定期的に受診していた病院で、
手術、入院が必要と言われてしまいました。
 そう聞いて、まず心配になったのはこうきのこと。
 自分がいなくて、学校や児童デイの送り迎えはどうしよう・・・。学校や寄宿
舎に持っていく荷物の準備や身の回りの世話、大丈夫だろうか。それに、
そもそも食事作りや洗濯、掃除といった家事は誰がやるんだろう・・・
いろんなことが頭を駆けめぐってしまいました。
 パニック状態がしばらく続いたあと、これは一人ではどうしようもない、と思
い、周りの人たちに少しずつ相談することにしました。
 養護学校の担任の先生からは、
 「寄宿舎に月曜から金曜まで入舎するようにして、あとは普段どおり教室で
過ごせば大丈夫ですよ。とにかくお母さんが元気になることが一番ですから、
学校のことは心配せずに治療に専念してください。」
と力強いお言葉をいただきました。
 そして、家のことは家族みんなで分担してやってもらうよう、頼むことにしま
した。

 もうひとつの心配は、自分がいないことで、こうきが不安定にならないかと
いうことでした。
 入院のことも、曖昧な段階で話さないようにしました。
こうきにとって、「いつ」というのがわからない状態は、とても不安なことです。
入院の日にちが決まるまで、一ヶ月以上ありましたが、その間はこうきの前
でその話題は避けることにしました。
 入院日がはっきりしてから初めて、「お母さん、病院に入ることになったん
だけど・・・」と話しました。その間のスケジュール(寄宿舎に入る日にちや
放課後デイの利用日、送り迎えのことや、土日はどこに行くか、などなど)を
事細かに伝えると、案外あっさりと受け入れたようでした。
 実際、私の入院中、家族や先生たちのおかげで、平日は学校と寄宿舎、
週末は家で普段と変わらない様子で過ごすことができたようです。

 週末は病院にお見舞いにも来てくれました。
 いつもは「きらい」と嫌がるのに、ちゃんとマスクをつけて現れ、おお、なん
だか大人っぽいではないかと思っていると、
 「寄宿の図書室、はいれますか?(いつも鍵がかかっているのです)」
 「がっこうは、BSアンテナ買いますか?」
ニコニコして、毎度お決まりの質問を、してきます。
 こちらも、
 「寄宿のことは、寄宿の先生に聞いてください。」
 「学校でBSアンテナは、絶対に買いません。無理です。」
お決まりの返事をすると、キャハッと嬉しそうに笑います。
かと思うと、
 「おかーさん、しゅじゅつ、いたいですか?」
なんて聞いてもくれました。
 これは私のことを心配しているのか、手術が怖いものかどうかの確認なのか、
よくわかりませんが、なんとなく嬉しい気持ちになりました。

 退院して一ヶ月、思うのは、自分が元気でないと、つくづく困るということ。
 反面、自分がいなくても、こうきは一人でやっていく力をつけつつあるのかな・・・。
そんなことを、感じてもいます。

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断捨離は、得意 [記事]

 我が家で一番の片付け好きは、ひょっとして、こうきかもしれません。
 誰に言われたわけでもないのに、毎日、食卓に置いてある新聞と広告類を、せっせと
新聞入れに片付けてくれるのもこうきです。時々、片付けが早すぎて、誰もまだ読まな
いうちにその日の新聞が見当たらなくなっていることがあります。片付け早すぎるよ、と
言いたくもなりますが、とにかく、それぐらいの生真面目さなのです。
 以前にも書きましたが、朝のゴミ出しもなぜか大好きで、張り切って出かけていきます。
部屋のゴミ箱のゴミが一杯になると、その袋を大きなゴミ袋に移し、新しい袋をセットして
くれたりもします。何も教えていないのに、自然とやってくれます。
 学校からのプリント類も、その行事が終わると「もう、いらない」と捨ててしまいます。こち
らは取っておきたいと思っていた、思い出のお便りもどんどん捨ててしまうので、後になって、
ああ、しまっておけばよかったと後悔することも。でも、結局何年も経ってから見ることは
あまりないので、こうきの方が正解なのかもしれません。

 考えてみれば、あれほど好きだったアンパンマンのパソコンも、何十本も集めた「おかあ
さんといっしょ」や「仮面ライダー」のビデオテープも、ブームが去ると「すてる。すてる。」と
処分したがりました。そんなに自分ではできないのにゲームソフトを買いたがった時期が
あって、中古のソフトがたくさんありましたが、それも「すてる。」子供雑誌の付録のDVD、
好きでネット注文して買っていたアニメや映画のDVDも「いらない。すてる。」
 こちらのほうが、せっかく買ったのにもったいない、と思ってしまい、取っておこうとすると、
かたくなに、捨てたい、いらない、と言い張り、結局イライラしてどうしようもないので、普段
お世話になっている施設やリサイクルショップに持って行くことにしました。
 どうやら、今必要ないものがある、ということが、こうきにとってとても落ち着かない状態で、
どうしようもなく不安定な気持ちになってしまうようなのでした。
  
 最近の告白です。
 「ソニーのブルーレイの本(説明書)すてちゃった。」
えっ、この間まであったのに。
 「9月11日の紙ごみですてちゃった。」
ちょうど、ディスクへの録画の仕方を調べたかったので、困りました。
 おまけに、もうひとつ。
 「東芝のDVDのきかいのリモコンすてちゃった。」
えーっ、捨てたの!!いつ?
 「2016年9月に紙ごみのふくろに入れて、すてました。」
 またはっきりと覚えていること。
 たいへん正直でよろしいですが、もちろん怒りました。
リモコン捨てるのはもってのほか。それも、紙のゴミに混ぜて捨てるのもだめ!
 「ごめんなさい、ごめんなさい。もうしない!もうしません!」
 慌てふためいて、大きな声を抑えきれなくなります。
本人も、時間が経ってみたら、いけないことをしてしまったと思っているようです。
けれども、どうしても捨てたくなってしまったその時の気持ちは、こうき自身もよく
わからない。それが、こうきのむずかしさでもあるのだな、と思います。

 ・・・ただ、なかなか物を捨てられない母には、時々こうきの潔さが必要になってくる
でしょう。
 20年前のパソコンや、壊れてしまったビデオデッキ。
 「いつ、すてますか?」と、こうきに急かされています。


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高山に行ってきました [記事]

 夏休み、岐阜の高山に行ってきました。
高山を選んだのは、妹の希望で、大好きなアニメの舞台になっているから。
ずっと前から行きたいと騒いでいました。
 こうきの希望はお泊りすることなので、行き先はどこでもオッケー。
ホテルでBS放送が見られれば満足なのでした。

 高山までは、バスで二時間半かかります。
曲がりくねった山道とトンネルをくぐり抜け、ようやく到着したのがお昼過ぎでした。
 さて、そこからはゆっくり古い町並みを味わおう、と思っていたのに、妹は、なに
やら特別な地図を取り出し、こっちこっちとぐいぐい歩きはじめます。
 妹の言うとおり、アニメに登場するという交差点や商店街、川沿いの通りやいくつ
かの橋を回り、そのたびに記念撮影。それもアニメと同じショットで写真を撮りたい
ので、この角度からあの角度からと時間がかかります。
「聖地巡礼」は、なんとも忙しい。
 こうきは、町を歩くのは好きなようで、大人しくついてきましたが、そのうちさすがに
飽きてきたのか、
 「アトラクションはありますか。」
などと言い出しました。いやあ、ここは何とかランドじゃないから、アトラクションはない
ですよ。と、とんちんかんなやりとりにもなってきます。
 「おかーさん、パナソニックのアンテナありました。」
 「DXアンテナありました。」
 正直、こうきは古い町並みに興味があるわけでもなく、目に付くのはやっぱりBSアン
テナです。アンテナのお皿の部分に書かれたメーカーのロゴが気になります。
 「うちは何のアンテナですか。」
 「DXアンテナですか。」
 「高いですか。」「いくらですか。」
と、いつものやりとりが続き、とても高山に旅行に来た気分ではありません。
 「あー、あれは、とうしばですか。」とこうき。
 「おーっ、確かに東芝だ。珍しいね。」
 古い家並みよりも、いつの間にかその上についているアンテナを指差し、喜んでいる自分
たちはいったい何しに来たんだろう・・・
なんだか可笑しくなってしまって、みんなで笑いました。

 その夜のこうき、ホテルでさんざんBSチャンネルをチェックしましたが、念願のWOWWOW
やCS放送は見ることできず、少しがっかりだったようです。
 「ワウワウはうつりませんでした。ざんねんです。」
 でも、高山でアンテナ巡礼ができたし、バスにもたくさん乗れたし、れーちゃんも楽しそうだった
から、満足の旅行ではなかったかな・・・。

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寄宿舎に入りました [記事]

 小学部から、年に二回ほど、寄宿舎での宿泊体験を重ねてきました。
 その頃は、寄宿のお泊まりが嬉しくて仕方がなかったのに、中学部の終わりに
なって、いよいよ寄宿舎に入るという話が出てくると、あまり気乗りしない様子に・・・。
 「きしゅく、やだ。はいりません、」
そんな言葉も飛び出すから、思案してしまいました。
 こうき本人は、先の予定がわからないということが我慢ならないので、いろんな不安も
あったのでしょう。入舎決定が出るのが今年二月半ばだったのですが、年明けから
もう寄宿のことで頭がいっぱい。質問攻めの毎日が続いていました。
 「こうきくん、きしゅく、はいりますか。」
 「なんにち、はいりますか。」
しつこいほどに、何度も同じ質問が繰り返されます。
 寄宿舎に入ったなら、何曜日に泊まって、いつ家に帰るのか。放課後のデイサービス
には行けるのか。行けたとしたら、お母さんはデイまでお迎えに来てくれるのか。等々、
気になることはたくさんです。それはこうきでなくても、知りたいと思うのは当然です。
 そう思って、なんとかだましだまし答えを先延ばしにして、ようやく入舎が決まったところ
で、本人に話をすることにしました。
 高等部入学と寄宿舎入舎という、同時に二つの新しい環境に飛び込むことは、こうきに
とってかなりの負担ではないか。新しいことへの不安を抱きやすいこうきのことを考えて、
担任の先生とは、一週間のうち何日かだけの利用から始めた方がよいだろうという話に
なっていました。
 月・火・水曜と、三日泊まり、あとの二日は家に帰ってきて、そのまま週末まで過ごす、
という案と、月・火曜で泊まって水曜日家で一泊、また木曜に泊まって金曜に帰宅する、
という二つの案を説明したところ、こうきはすかさず、最初の案を選択。
 どうやら、木曜日の放課後デイサービスが、ダンスやカラオケの日となっていて、それに
参加したいという気持ちがあったようなのでした。(こういう時、自分の意思を示せるのは、
こうきのよい面でもあります。)
 私としても、最初の案の方が、すっきりしてわかりやすい。そして動きやすくもありました。
とはいえ、三晩もこうきが家から離れるということは、今までなかったことなので、
(修学旅行でも最長二泊三日でしたから)本当に大丈夫なのか・・・
こうきより私の方が不安になっていました。

 入舎のための、山のような荷物を運び込んだ翌日から、こうきの寄宿生活がスタートしま
した。
 寄宿初日の夕方、仕事から家に帰って来ると、ふと、ぼんやりしてしまいました。
 今日は、こうきを迎えに行かなくていいんだ。
夕飯の世話をしたり、お風呂の手助けをしたり、学校の準備を手伝わなくてもいいことに気
づきました。
 いつもにぎやかについているテレビの音も、パソコンの動画サイトで流れる、アニメや子ど
も番組の音も、そして何より、大声で繰り返されるこうきの質問の声もしない。
静かな夜の時間がありました。
 なんだか、力が抜けたような、肩の荷がふっと下りたような感覚を味わったのです。

 こうきはといえば、心配をよそに、すんなり寄宿生活になじみました。
夜はよく眠れるようですし、同室の友達とも仲良くやっているようです。洗濯や、掃除や入浴
などの身の回りのことも、頑張ってやっているという話で、寄宿の先生からは、困ったことは
何もない、と言っていただきました。
 
 そして、私のほうは、初めに味わった夜の静けさはだんだんに薄れ、こうきのいない夜に、
もう慣れつつあります。
 人間の慣れっておそろしく早いものですね・・・。
 

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ちがうお祭り [記事]

 「ばあちゃん、うちゅう行っちゃった」
 5年前に亡くなったお祖母ちゃんのことを、最近また言うようになりました。

 先日の春まつり、地元の神社で打ち上げ花火を見ようとしていたときの
ことです。
 急に思い出したように、こうきが言いました。
 「ばあちゃんと、おまつり、きました。」
 「そうだね、ばあちゃんと一緒に来たねえ。焼きそばやお好み焼き食べて、
楽しかったね。」
 「アイスも食べました。」
 自分がまだ小学生だった頃のことを、こうきはよく覚えているようでした。
 「ばあちゃんは、今どこにいますか。とおくですか。」
 「そうなんだよ。ばあちゃんは、遠くにいるよね。」
 「うちゅうですか。」
 「そう。宇宙に行っちゃったんだよ。」
 「うちゅうは、遠いですか。どこから行きますか。時間かかりますか。何時間、
かかりますか。」
 「ばあちゃん、ここ、来ますか。ここのおまつり、来ますか。」
 こうきの質問は矢継ぎ早に続き、私は言葉に詰まってしまいました。
 「おばあちゃんは、ここには来られないんだよ。遠いところの、宇宙にいるか
らね。」
 すると、こうきは私の言葉を打ち消すように言いました。
 「ばあちゃん、うちゅう、いません。おりて、ちがうおまつり、行ってる!」
 
 こうきと二人、今年は打ち上げ花火を間近で見ました。
 首が痛くなるほど空を見上げ、こちらにの頭の上に降ってくるかのような
大きな花火を見ました。次々と花火は打ち上がり、その度に身体の底に響く
音を感じました。
 こうきも何も言わず、花火を見ていました。
 ふと、あちらにあるかもしれない、ちがうお祭りのことを想いました。

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なぜかBS [記事]

 「引っこししたい」希望はずっと続いていました。
2年前、身近な友達や先生たちが相次いで引越ししたのがきっかけでした。
 その時、引越しはできないよ、と言った覚えがあります。
でも、なかなか気持ちはおさまらず、「できる、できる!」
頑として言い張り、あまりにそれが続くので、
 「引っ越し、できるといいですね。」
 「引っ越し、できるかもしれないね。」
と、いつものあいまい言葉でやり過ごそうとしました。ところが、
 「いいですね、やだ!」
 「かもしれない、やだ!!」
あいまい作戦もあえなく失敗でした。
 その後もなかなか納得できずに、いろんなやり取りをするうち、いつの間にか、
「高等部卒業したら、引っ越しのこと考えよう」から「高等部卒業したら、引っ越し
できる」という話になってしまい、それからというもの、何かにつけて「引っこしで
きる」が口癖になりました。
 少しでも悪いことをしてしまったり、失敗してしまうと、慌てて、
 「ひっこしできる!できる!」と主張。
こちらも、
 「そんなことしたら、引っ越しできなくなるよ。」
 「引っ越ししたいなら、~するよ。」
引っ越しをエサにするような言い方を、ついしてしまうこともありました。

 しかし、実現不可能なことをずっと言い続けるのは、こちらもつらいものがあります。
引っ越しの話になると、いつもこちらは生返事で、こうきの一方的な願いをとにかく
やり過ごすしかないのです。
 正直、願いは薄れていくのではないかな、と思っていました。ところが、中2、中3と、
二年経っても薄れるどころか、だんだん具体的になっていきます。
 近所のマンションに住みたい、から始まり、引っ越し屋のおじさんに電話して聞いて
みる。3月何日に聞いてみる。などと、次から次へと計画を決めてしまいます。そして、
レスパイト先近くのマンションを指差し、
 「ここのおじさんに聞いてみる。」
と言い出しました。たぶんいっぱいだから無理だよ、と言っても、
 「きいてみる。」の一点張り。 
ついに、「2019年3月19日、引っ越しのおじさんに聞いてみる」ということが決定事項
になり、毎日何度も繰り返し言うようになりました。
 
 さすがにここまで来ると、家族みんなが疲れてきました。こうき自身もそうですし、私たち
のこうきへの対し方が、どうしても冷たくイライラしたものになってしまいます。
その状態がだんだん悪くなってきていて、これはもう限界ではないか、と思い始めました。
こうきの場合、何かきっかけがないと、今の状態から抜け出すことは難しい。何か、
引っ越しの代わりになることはないだろうか、と考えたとき、まず頭に浮かんだのは、
「飛行機に乗ること」でした。
 以前、飛行機が好きで、空港によく飛行機を見に行っていました。
時刻表を見ながら、いつ飛行機が着陸し、離陸するのか、どこから来て、どこへ向かうのか、
確認をしていた時期がありました。飛行機乗って福岡行きたい、と言っていたこともあった
ので、大変だけれど引っ越しを終わりにするために、これが代わりになれば、と思ったの
です。
 ところが、本人に聞くと、一言。
「ひこうき、こわい。のりません。」
ブームは過ぎていて、あっさり却下です。
 
 こだわりの熱が冷めるまで、これはもうしばらく待つしかないのかな、とあきらめていたとこ
ろ、テレビのBS放送に興味を持ち始めました。
 テレビのチャンネルをいじるのは好きだったのですが、旅行先で自分の見たことのないBS
放送が映る!ということに気づいてしまったようです。いつからか、毎日、新聞のテレビ欄を
じっとながめ、番組をチェックするようになりました。好きだけれども見られないアニメ番組の
時間を確認したり、外では、よその家についているBSアンテナの様子をながめることが多く
なっていました。
 人にも、BSが映るかどうか、アンテナがあるかどうか、CSは?WOWWOWは?スカパー
は?・・・と質問が止まらなくなりました。
 なんだか、引っ越しよりもBSの話が多くなっているような気がしてそれじゃあ・・・
 「引っ越しのかわりに、BSアンテナにする?」
ポロリと口にした途端、こうきの顔が輝きました。
 「かうかう。BSアンテナほしい!」
案の定です。
 それでも引っ越しのことは気になっているので確認してきます。
 「引っ越しは、引っ越しのおじさんに聞いてみたら・・・」
 「そう、マンションはいっぱいだって。だめだって。」と私。
 「いっぱいだから、ひっこしできません。やめる。」
 あれあれ。
あれほど、かたく結んであった紐がゆるゆるとほどけていきます。
 あんまりあっけなくて、もう一度「引っ越しはしないね」と念を押します。
 「しません。ひっこしは、おじさんに聞いたらいっぱいだって。だから、しませーん。」
妙な調子をつけて、ふざけるこうき。
 本人も、引っ越しは実現できるとは思っていなかったのかもしれません。
引っ越しへの思いは強かったけれども、それをおさめていくきっかけが欲しかったのかも
しれません。
 なぜかBS。
 けれど、とりあえず、引っ越し宣言が続いた長い長い2年間が終わり、家族一同、
心底ほっとしたのでした。           
                                      


   


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