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母の入院 [記事]

 夏も終わり、ほっとしていたのもつかの間、定期的に受診していた病院で、
手術、入院が必要と言われてしまいました。
 そう聞いて、まず心配になったのはこうきのこと。
 自分がいなくて、学校や児童デイの送り迎えはどうしよう・・・。学校や寄宿
舎に持っていく荷物の準備や身の回りの世話、大丈夫だろうか。それに、
そもそも食事作りや洗濯、掃除といった家事は誰がやるんだろう・・・
いろんなことが頭を駆けめぐってしまいました。
 パニック状態がしばらく続いたあと、これは一人ではどうしようもない、と思
い、周りの人たちに少しずつ相談することにしました。
 養護学校の担任の先生からは、
 「寄宿舎に月曜から金曜まで入舎するようにして、あとは普段どおり教室で
過ごせば大丈夫ですよ。とにかくお母さんが元気になることが一番ですから、
学校のことは心配せずに治療に専念してください。」
と力強いお言葉をいただきました。
 そして、家のことは家族みんなで分担してやってもらうよう、頼むことにしま
した。

 もうひとつの心配は、自分がいないことで、こうきが不安定にならないかと
いうことでした。
 入院のことも、曖昧な段階で話さないようにしました。
こうきにとって、「いつ」というのがわからない状態は、とても不安なことです。
入院の日にちが決まるまで、一ヶ月以上ありましたが、その間はこうきの前
でその話題は避けることにしました。
 入院日がはっきりしてから初めて、「お母さん、病院に入ることになったん
だけど・・・」と話しました。その間のスケジュール(寄宿舎に入る日にちや
放課後デイの利用日、送り迎えのことや、土日はどこに行くか、などなど)を
事細かに伝えると、案外あっさりと受け入れたようでした。
 実際、私の入院中、家族や先生たちのおかげで、平日は学校と寄宿舎、
週末は家で普段と変わらない様子で過ごすことができたようです。

 週末は病院にお見舞いにも来てくれました。
 いつもは「きらい」と嫌がるのに、ちゃんとマスクをつけて現れ、おお、なん
だか大人っぽいではないかと思っていると、
 「寄宿の図書室、はいれますか?(いつも鍵がかかっているのです)」
 「がっこうは、BSアンテナ買いますか?」
ニコニコして、毎度お決まりの質問を、してきます。
 こちらも、
 「寄宿のことは、寄宿の先生に聞いてください。」
 「学校でBSアンテナは、絶対に買いません。無理です。」
お決まりの返事をすると、キャハッと嬉しそうに笑います。
かと思うと、
 「おかーさん、しゅじゅつ、いたいですか?」
なんて聞いてもくれました。
 これは私のことを心配しているのか、手術が怖いものかどうかの確認なのか、
よくわかりませんが、なんとなく嬉しい気持ちになりました。

 退院して一ヶ月、思うのは、自分が元気でないと、つくづく困るということ。
 反面、自分がいなくても、こうきは一人でやっていく力をつけつつあるのかな・・・。
そんなことを、感じてもいます。

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断捨離は、得意 [記事]

 我が家で一番の片付け好きは、ひょっとして、こうきかもしれません。
 誰に言われたわけでもないのに、毎日、食卓に置いてある新聞と広告類を、せっせと
新聞入れに片付けてくれるのもこうきです。時々、片付けが早すぎて、誰もまだ読まな
いうちにその日の新聞が見当たらなくなっていることがあります。片付け早すぎるよ、と
言いたくもなりますが、とにかく、それぐらいの生真面目さなのです。
 以前にも書きましたが、朝のゴミ出しもなぜか大好きで、張り切って出かけていきます。
部屋のゴミ箱のゴミが一杯になると、その袋を大きなゴミ袋に移し、新しい袋をセットして
くれたりもします。何も教えていないのに、自然とやってくれます。
 学校からのプリント類も、その行事が終わると「もう、いらない」と捨ててしまいます。こち
らは取っておきたいと思っていた、思い出のお便りもどんどん捨ててしまうので、後になって、
ああ、しまっておけばよかったと後悔することも。でも、結局何年も経ってから見ることは
あまりないので、こうきの方が正解なのかもしれません。

 考えてみれば、あれほど好きだったアンパンマンのパソコンも、何十本も集めた「おかあ
さんといっしょ」や「仮面ライダー」のビデオテープも、ブームが去ると「すてる。すてる。」と
処分したがりました。そんなに自分ではできないのにゲームソフトを買いたがった時期が
あって、中古のソフトがたくさんありましたが、それも「すてる。」子供雑誌の付録のDVD、
好きでネット注文して買っていたアニメや映画のDVDも「いらない。すてる。」
 こちらのほうが、せっかく買ったのにもったいない、と思ってしまい、取っておこうとすると、
かたくなに、捨てたい、いらない、と言い張り、結局イライラしてどうしようもないので、普段
お世話になっている施設やリサイクルショップに持って行くことにしました。
 どうやら、今必要ないものがある、ということが、こうきにとってとても落ち着かない状態で、
どうしようもなく不安定な気持ちになってしまうようなのでした。
  
 最近の告白です。
 「ソニーのブルーレイの本(説明書)すてちゃった。」
えっ、この間まであったのに。
 「9月11日の紙ごみですてちゃった。」
ちょうど、ディスクへの録画の仕方を調べたかったので、困りました。
 おまけに、もうひとつ。
 「東芝のDVDのきかいのリモコンすてちゃった。」
えーっ、捨てたの!!いつ?
 「2016年9月に紙ごみのふくろに入れて、すてました。」
 またはっきりと覚えていること。
 たいへん正直でよろしいですが、もちろん怒りました。
リモコン捨てるのはもってのほか。それも、紙のゴミに混ぜて捨てるのもだめ!
 「ごめんなさい、ごめんなさい。もうしない!もうしません!」
 慌てふためいて、大きな声を抑えきれなくなります。
本人も、時間が経ってみたら、いけないことをしてしまったと思っているようです。
けれども、どうしても捨てたくなってしまったその時の気持ちは、こうき自身もよく
わからない。それが、こうきのむずかしさでもあるのだな、と思います。

 ・・・ただ、なかなか物を捨てられない母には、時々こうきの潔さが必要になってくる
でしょう。
 20年前のパソコンや、壊れてしまったビデオデッキ。
 「いつ、すてますか?」と、こうきに急かされています。


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高山に行ってきました [記事]

 夏休み、岐阜の高山に行ってきました。
高山を選んだのは、妹の希望で、大好きなアニメの舞台になっているから。
ずっと前から行きたいと騒いでいました。
 こうきの希望はお泊りすることなので、行き先はどこでもオッケー。
ホテルでBS放送が見られれば満足なのでした。

 高山までは、バスで二時間半かかります。
曲がりくねった山道とトンネルをくぐり抜け、ようやく到着したのがお昼過ぎでした。
 さて、そこからはゆっくり古い町並みを味わおう、と思っていたのに、妹は、なに
やら特別な地図を取り出し、こっちこっちとぐいぐい歩きはじめます。
 妹の言うとおり、アニメに登場するという交差点や商店街、川沿いの通りやいくつ
かの橋を回り、そのたびに記念撮影。それもアニメと同じショットで写真を撮りたい
ので、この角度からあの角度からと時間がかかります。
「聖地巡礼」は、なんとも忙しい。
 こうきは、町を歩くのは好きなようで、大人しくついてきましたが、そのうちさすがに
飽きてきたのか、
 「アトラクションはありますか。」
などと言い出しました。いやあ、ここは何とかランドじゃないから、アトラクションはない
ですよ。と、とんちんかんなやりとりにもなってきます。
 「おかーさん、パナソニックのアンテナありました。」
 「DXアンテナありました。」
 正直、こうきは古い町並みに興味があるわけでもなく、目に付くのはやっぱりBSアン
テナです。アンテナのお皿の部分に書かれたメーカーのロゴが気になります。
 「うちは何のアンテナですか。」
 「DXアンテナですか。」
 「高いですか。」「いくらですか。」
と、いつものやりとりが続き、とても高山に旅行に来た気分ではありません。
 「あー、あれは、とうしばですか。」とこうき。
 「おーっ、確かに東芝だ。珍しいね。」
 古い家並みよりも、いつの間にかその上についているアンテナを指差し、喜んでいる自分
たちはいったい何しに来たんだろう・・・
なんだか可笑しくなってしまって、みんなで笑いました。

 その夜のこうき、ホテルでさんざんBSチャンネルをチェックしましたが、念願のWOWWOW
やCS放送は見ることできず、少しがっかりだったようです。
 「ワウワウはうつりませんでした。ざんねんです。」
 でも、高山でアンテナ巡礼ができたし、バスにもたくさん乗れたし、れーちゃんも楽しそうだった
から、満足の旅行ではなかったかな・・・。

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寄宿舎に入りました [記事]

 小学部から、年に二回ほど、寄宿舎での宿泊体験を重ねてきました。
 その頃は、寄宿のお泊まりが嬉しくて仕方がなかったのに、中学部の終わりに
なって、いよいよ寄宿舎に入るという話が出てくると、あまり気乗りしない様子に・・・。
 「きしゅく、やだ。はいりません、」
そんな言葉も飛び出すから、思案してしまいました。
 こうき本人は、先の予定がわからないということが我慢ならないので、いろんな不安も
あったのでしょう。入舎決定が出るのが今年二月半ばだったのですが、年明けから
もう寄宿のことで頭がいっぱい。質問攻めの毎日が続いていました。
 「こうきくん、きしゅく、はいりますか。」
 「なんにち、はいりますか。」
しつこいほどに、何度も同じ質問が繰り返されます。
 寄宿舎に入ったなら、何曜日に泊まって、いつ家に帰るのか。放課後のデイサービス
には行けるのか。行けたとしたら、お母さんはデイまでお迎えに来てくれるのか。等々、
気になることはたくさんです。それはこうきでなくても、知りたいと思うのは当然です。
 そう思って、なんとかだましだまし答えを先延ばしにして、ようやく入舎が決まったところ
で、本人に話をすることにしました。
 高等部入学と寄宿舎入舎という、同時に二つの新しい環境に飛び込むことは、こうきに
とってかなりの負担ではないか。新しいことへの不安を抱きやすいこうきのことを考えて、
担任の先生とは、一週間のうち何日かだけの利用から始めた方がよいだろうという話に
なっていました。
 月・火・水曜と、三日泊まり、あとの二日は家に帰ってきて、そのまま週末まで過ごす、
という案と、月・火曜で泊まって水曜日家で一泊、また木曜に泊まって金曜に帰宅する、
という二つの案を説明したところ、こうきはすかさず、最初の案を選択。
 どうやら、木曜日の放課後デイサービスが、ダンスやカラオケの日となっていて、それに
参加したいという気持ちがあったようなのでした。(こういう時、自分の意思を示せるのは、
こうきのよい面でもあります。)
 私としても、最初の案の方が、すっきりしてわかりやすい。そして動きやすくもありました。
とはいえ、三晩もこうきが家から離れるということは、今までなかったことなので、
(修学旅行でも最長二泊三日でしたから)本当に大丈夫なのか・・・
こうきより私の方が不安になっていました。

 入舎のための、山のような荷物を運び込んだ翌日から、こうきの寄宿生活がスタートしま
した。
 寄宿初日の夕方、仕事から家に帰って来ると、ふと、ぼんやりしてしまいました。
 今日は、こうきを迎えに行かなくていいんだ。
夕飯の世話をしたり、お風呂の手助けをしたり、学校の準備を手伝わなくてもいいことに気
づきました。
 いつもにぎやかについているテレビの音も、パソコンの動画サイトで流れる、アニメや子ど
も番組の音も、そして何より、大声で繰り返されるこうきの質問の声もしない。
静かな夜の時間がありました。
 なんだか、力が抜けたような、肩の荷がふっと下りたような感覚を味わったのです。

 こうきはといえば、心配をよそに、すんなり寄宿生活になじみました。
夜はよく眠れるようですし、同室の友達とも仲良くやっているようです。洗濯や、掃除や入浴
などの身の回りのことも、頑張ってやっているという話で、寄宿の先生からは、困ったことは
何もない、と言っていただきました。
 
 そして、私のほうは、初めに味わった夜の静けさはだんだんに薄れ、こうきのいない夜に、
もう慣れつつあります。
 人間の慣れっておそろしく早いものですね・・・。
 

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ちがうお祭り [記事]

 「ばあちゃん、うちゅう行っちゃった」
 5年前に亡くなったお祖母ちゃんのことを、最近また言うようになりました。

 先日の春まつり、地元の神社で打ち上げ花火を見ようとしていたときの
ことです。
 急に思い出したように、こうきが言いました。
 「ばあちゃんと、おまつり、きました。」
 「そうだね、ばあちゃんと一緒に来たねえ。焼きそばやお好み焼き食べて、
楽しかったね。」
 「アイスも食べました。」
 自分がまだ小学生だった頃のことを、こうきはよく覚えているようでした。
 「ばあちゃんは、今どこにいますか。とおくですか。」
 「そうなんだよ。ばあちゃんは、遠くにいるよね。」
 「うちゅうですか。」
 「そう。宇宙に行っちゃったんだよ。」
 「うちゅうは、遠いですか。どこから行きますか。時間かかりますか。何時間、
かかりますか。」
 「ばあちゃん、ここ、来ますか。ここのおまつり、来ますか。」
 こうきの質問は矢継ぎ早に続き、私は言葉に詰まってしまいました。
 「おばあちゃんは、ここには来られないんだよ。遠いところの、宇宙にいるか
らね。」
 すると、こうきは私の言葉を打ち消すように言いました。
 「ばあちゃん、うちゅう、いません。おりて、ちがうおまつり、行ってる!」
 
 こうきと二人、今年は打ち上げ花火を間近で見ました。
 首が痛くなるほど空を見上げ、こちらにの頭の上に降ってくるかのような
大きな花火を見ました。次々と花火は打ち上がり、その度に身体の底に響く
音を感じました。
 こうきも何も言わず、花火を見ていました。
 ふと、あちらにあるかもしれない、ちがうお祭りのことを想いました。

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なぜかBS [記事]

 「引っこししたい」希望はずっと続いていました。
2年前、身近な友達や先生たちが相次いで引越ししたのがきっかけでした。
 その時、引越しはできないよ、と言った覚えがあります。
でも、なかなか気持ちはおさまらず、「できる、できる!」
頑として言い張り、あまりにそれが続くので、
 「引っ越し、できるといいですね。」
 「引っ越し、できるかもしれないね。」
と、いつものあいまい言葉でやり過ごそうとしました。ところが、
 「いいですね、やだ!」
 「かもしれない、やだ!!」
あいまい作戦もあえなく失敗でした。
 その後もなかなか納得できずに、いろんなやり取りをするうち、いつの間にか、
「高等部卒業したら、引っ越しのこと考えよう」から「高等部卒業したら、引っ越し
できる」という話になってしまい、それからというもの、何かにつけて「引っこしで
きる」が口癖になりました。
 少しでも悪いことをしてしまったり、失敗してしまうと、慌てて、
 「ひっこしできる!できる!」と主張。
こちらも、
 「そんなことしたら、引っ越しできなくなるよ。」
 「引っ越ししたいなら、~するよ。」
引っ越しをエサにするような言い方を、ついしてしまうこともありました。

 しかし、実現不可能なことをずっと言い続けるのは、こちらもつらいものがあります。
引っ越しの話になると、いつもこちらは生返事で、こうきの一方的な願いをとにかく
やり過ごすしかないのです。
 正直、願いは薄れていくのではないかな、と思っていました。ところが、中2、中3と、
二年経っても薄れるどころか、だんだん具体的になっていきます。
 近所のマンションに住みたい、から始まり、引っ越し屋のおじさんに電話して聞いて
みる。3月何日に聞いてみる。などと、次から次へと計画を決めてしまいます。そして、
レスパイト先近くのマンションを指差し、
 「ここのおじさんに聞いてみる。」
と言い出しました。たぶんいっぱいだから無理だよ、と言っても、
 「きいてみる。」の一点張り。 
ついに、「2019年3月19日、引っ越しのおじさんに聞いてみる」ということが決定事項
になり、毎日何度も繰り返し言うようになりました。
 
 さすがにここまで来ると、家族みんなが疲れてきました。こうき自身もそうですし、私たち
のこうきへの対し方が、どうしても冷たくイライラしたものになってしまいます。
その状態がだんだん悪くなってきていて、これはもう限界ではないか、と思い始めました。
こうきの場合、何かきっかけがないと、今の状態から抜け出すことは難しい。何か、
引っ越しの代わりになることはないだろうか、と考えたとき、まず頭に浮かんだのは、
「飛行機に乗ること」でした。
 以前、飛行機が好きで、空港によく飛行機を見に行っていました。
時刻表を見ながら、いつ飛行機が着陸し、離陸するのか、どこから来て、どこへ向かうのか、
確認をしていた時期がありました。飛行機乗って福岡行きたい、と言っていたこともあった
ので、大変だけれど引っ越しを終わりにするために、これが代わりになれば、と思ったの
です。
 ところが、本人に聞くと、一言。
「ひこうき、こわい。のりません。」
ブームは過ぎていて、あっさり却下です。
 
 こだわりの熱が冷めるまで、これはもうしばらく待つしかないのかな、とあきらめていたとこ
ろ、テレビのBS放送に興味を持ち始めました。
 テレビのチャンネルをいじるのは好きだったのですが、旅行先で自分の見たことのないBS
放送が映る!ということに気づいてしまったようです。いつからか、毎日、新聞のテレビ欄を
じっとながめ、番組をチェックするようになりました。好きだけれども見られないアニメ番組の
時間を確認したり、外では、よその家についているBSアンテナの様子をながめることが多く
なっていました。
 人にも、BSが映るかどうか、アンテナがあるかどうか、CSは?WOWWOWは?スカパー
は?・・・と質問が止まらなくなりました。
 なんだか、引っ越しよりもBSの話が多くなっているような気がしてそれじゃあ・・・
 「引っ越しのかわりに、BSアンテナにする?」
ポロリと口にした途端、こうきの顔が輝きました。
 「かうかう。BSアンテナほしい!」
案の定です。
 それでも引っ越しのことは気になっているので確認してきます。
 「引っ越しは、引っ越しのおじさんに聞いてみたら・・・」
 「そう、マンションはいっぱいだって。だめだって。」と私。
 「いっぱいだから、ひっこしできません。やめる。」
 あれあれ。
あれほど、かたく結んであった紐がゆるゆるとほどけていきます。
 あんまりあっけなくて、もう一度「引っ越しはしないね」と念を押します。
 「しません。ひっこしは、おじさんに聞いたらいっぱいだって。だから、しませーん。」
妙な調子をつけて、ふざけるこうき。
 本人も、引っ越しは実現できるとは思っていなかったのかもしれません。
引っ越しへの思いは強かったけれども、それをおさめていくきっかけが欲しかったのかも
しれません。
 なぜかBS。
 けれど、とりあえず、引っ越し宣言が続いた長い長い2年間が終わり、家族一同、
心底ほっとしたのでした。           
                                      


   


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卒業式と入学式 [記事]

少し前のことになりますが、中学部の卒業式と高等部の入学式がありました。

 まだ子どもらしい、あどけない表情だった中学1年生から、みるみる背が伸び、
少年から青年らしい顔つきになり、本当にあっという間に大人に近づいてしまっ
たこの3年間。
 なかなか教室にいられずに、すぐにロビーや中庭や体育館に飛び出してしまっ
ていた頃が今では懐かしくもあります。
参観日に行っても自分の子の姿が見えないから、よく探しに行っていたっけ。
 何時になったら教室に帰ってくる、というところから、少しずつ、本当に少しずつ、
約束が守れるようになり、自分の席に座っていられるようになり、クラスのみんな
と一緒に行動できるようになってきた・・・。カタツムリのように、それはじりじりとし
た歩みでした。
 小学部までは先生たちと関わりを持つことが多かったのが、クラスの友達とも少
しずつ距離が近くなってきたこと。
 学校でのさまざまなルールや決まりごとを守ろうとする姿が出てきたこと。
 なにより、いろんな活動を自分も頑張ってやりたい、という意欲が出てきたこと。
 本当に以前では考えられないような、たくさんの成長がありました。
 三年間クラス替えがなく、同じ仲間で心おだやかに過ごせたことや、いつも優し
くあたたかく支えてくださった先生方のお陰だと思っています。
 
 「卒業式、緊張する?」と尋ねると、
 「きんちょう、しません」と答えたこうき。
 式では、自分の名前を呼ばれると、「はい!」ととても大きな声で返事をし、立
派に卒業証書を受け取ることができました。呼びかけの言葉もしっかり言うことが
でき、親としては二重の感激でした。


 それから4月。高等部の入学式を控えてのこうきの言葉。
 「にゅうがくしきは、もう最後ですか?」
何度も言って来たのですが、あまりよく考えずに、なんとなく受け流していました。
 「にゅうがくしきは、最後ですか?」
・・・そうでした。
 高等部卒業後、進学をしないこうきにとっては、これが最後の入学式なのです。
よく気が付きました。たいしたものです。
 「最後の入学式」も、こうきはとても落ち着いていました。
 「始まり」だけれども「最後」をゆっくり味わいました。
 小学部、中学部と九年間、聞き続けてすっかり覚えてしまった校歌を、いろいろな
思いを込めて、一緒に歌いました。 

 
 
 

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スクールバスの日々 [記事]

 スクールバスに乗る最後の日が来ました。
小学部1年生から中学部3年生までの9年間、思えばよく通ったものです。
 バス停までは車で10分ほどの距離。
国道沿いのその場所で、暑い日も寒い日も、同じ養護学校の友達と一緒に
バスを待ちました。
 
 小学部低学年の頃は、バス停までの道の途中で、踏み切りや信号機に引っか
かるのが待てずに、車の中で大声を上げ不安定になってしまうことがありました。
そこで、遠回りだけれども、割合スムーズに行ける高架橋ルートに変更し、
なんとかこうきも私も精神的に楽になりました。
 朝のいつものルーティンが何かの調子で崩れてしまうと、
 「のらない、のらない、バスのらない」
言い張って、動かないこともありました。
 動きが激しかった小さい頃は、ピョンピョン走っているうちに、スーッと国道へ
飛び出してしまい冷や汗が・・・なんてこともありました。

 バスの中でも、いろいろありました。
気になる場所へ来ると必ず立ち上がってしまうから、先生から、立ち上がる人は
バスには乗れません、と厳重注意を受けたり、イライラして近くの友達をつねって
しまって、私が謝りのお電話を入れたことも。
 それから、隣の席の友達にしつこく話しかけて嫌がられたこともあったっけ。
その時は、バスではお話しません、と先生と約束を決め、代わりに絵本を見る
ことになりました。
 「こぶとりじいさん」「十二支のはなし」「いそっぷどうわ」
それから3冊の絵本がずっとバスに置いてありました。
バスに乗ると、先生が渡してくれる本を開く。ページをめくって眺める。
そのことで何となく心が落ち着くことができたのかな、と想像しています。

 最後のスクールバスに乗りこむ時、運転手さんと添乗の先生に、
 「9ねんかん、ありがとうございました~」
元気に言うことができました。
 運転手さんも先生も何人か代わり、バスに乗るメンバーも卒業したり転校したりで
なかなか会えなくなってしまった人たちもいますが、今か今かと国道の向こうを眺めて
バスを待った、あの時間。母親同士でちょっとした話ができたあの時間は、なかなか
いいものだったなあ、と思うのでした。




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3月17日 [記事]

「3月17日」が口ぐせになっています。
3月18日が中学部の卒業式。
前日の3月17日でいろんなことに「おわかれ」する。
そのことが気になって仕方ないのです。

小学部から9年間乗り続けたスクールバス。
高等部からは乗ることができなくなります。
同じく小学部からずっとお世話になっていたレスパイト先。
高等部から寄宿舎への入舎が始まるので、放課後デイサービスを
一ヶ所終わりにすることにしました。
これは本人がおしまいにする、と決めたのですが、
ずっと行っていた場所に行かなくなる。
また、ずっと乗り続けていたバスに乗らなくなる。
そのことは、私たちが思っている以上に大きな変化なのかもしれません。

「3月17日、おわかれですか」
「なんのおわかれですか」
「おわかれは、スクールバスと、〇〇(レスパイトの名前)と、あとは?」
このフレーズがこの数ヶ月ずーっと続いています。
また、そのレスパイト先は、短期入所施設や就労施設も持っているのですが、
そちらにも行かない、と私に何度も名前を言わせます。
お仕事には行くかもしれないよ、と言っても、「行かない、行かない」の
一点張り。
先が曖昧なのは不安になる。おしまいならおしまいではっきりさせたいのかも
しれません。

「おわかれ」の会話が始まると、なかなか止みません。
何度も何度も繰り返すのは、そうやって「おわかれ」を納得させている作業なの
だと思ったら、あまり邪険にしてはいけない。こちらも、何度でも答えてあげなけ
ればいけないのかな、と思うのでした。


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合格発表! [記事]

先週、高等部入試の合格発表がありました。
朝8時半過ぎに昇降口に掲示されるとのこと。
結果はわかってはいても、一緒に合格を喜びたいと思って、見に行くことにしました。

名前ではなく、受験番号での発表だったので、いまひとつピンとこない様子のこうき
でしたが、自分の番号は覚えていたようです。
 「23ばん、あった」
当たり前のように言い、すーっと下駄箱へいこうとするから、
 「合格だね、おめでとう」
一応、掲示の前で写真を一枚。
 その後、先生方やレスパイトの職員さんたちからも「おめでとう」と言われ、まんざら
でもなさそうな表情でした。


思えば、養護学校入学が決まった時、親として素直に喜んであげられない自分が
いました。
どこかに、普通校をあきらめた上での養護学校という選択、という気持ちがあった
ように思います。

その時、通っていた療育センターで、入学前相談がありました。
すでに養護学校入学が決まっていた頃のことです。
 「小学校入学を、家族で思いきり盛大に祝ってあげてください。」
相談員の方にそう言われ、泣けてしまったのを思い出します。
 「いろいろこれまで大変だったけれども、本人うんと成長して、小学校入学まで来
られた。これはすごいことじゃないですか。」
養護学校入学に悲観していた親への一喝と励ましの言葉でした。

あれから9年間、やっぱりいろいろ大変なことはあったけれど、
なんとかここまでたどりつくことができた。
高等部入学を、またうんと盛大にお祝いしてあげよう、と思います。


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