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高山に行ってきました [記事]

 夏休み、岐阜の高山に行ってきました。
高山を選んだのは、妹の希望で、大好きなアニメの舞台になっているから。
ずっと前から行きたいと騒いでいました。
 こうきの希望はお泊りすることなので、行き先はどこでもオッケー。
ホテルでBS放送が見られれば満足なのでした。

 高山までは、バスで二時間半かかります。
曲がりくねった山道とトンネルをくぐり抜け、ようやく到着したのがお昼過ぎでした。
 さて、そこからはゆっくり古い町並みを味わおう、と思っていたのに、妹は、なに
やら特別な地図取り出し、こっちこっちとぐいぐい歩きはじめます。
 妹の言うとおり、アニメに登場するという交差点や商店街、川沿いの通りやいくつ
かの橋を回り、そのたびに記念撮影。それもアニメと同じショットで写真を撮りたい
ので、この角度からあの角度からと時間がかかります。
「聖地巡礼」は、なんとも忙しい。
 こうきは、町を歩くのは好きなようで、大人しくついてきましたが、そのうちさすがに
飽きてきたのか、
 「アトラクションはありますか。」
などと言い出しました。いやあ、ここは何とかランドじゃないから、アトラクションはない
ですよ。と、とんちんかんなやりとりにもなってきます。
 「おかーさん、パナソニックのアンテナありました。」
 「DXアンテナありました。」
 正直、こうきは古い町並みに興味があるわけでもなく、目に付くのはやっぱりBSアン
テナです。アンテナのお皿の部分に書かれたメーカーのロゴが気になります。
 「うちは何のアンテナですか。」
 「DXアンテナですか。」
 「高いですか。」「いくらですか。」
と、いつものやりとりが続き、とても高山に旅行に来た気分ではありません。
 「あー、あれは、とうしばですか。」とこうき。
 「おーっ、確かに東芝だ。珍しいね。」
 古い家並みよりも、いつの間にかその上についているアンテナを指差し、喜んでいる自分
たちはいったい何しに来たんだろう・・・
なんだか可笑しくなってしまって、みんなで笑いました。

 その夜のこうき、ホテルでさんざんBSチャンネルをチェックしましたが、念願のWOWWOW
やCS放送は見ることできず、少しがっかりだったようです。
 「ワウワウはうつりませんでした。ざんねんです。」
 でも、高山でアンテナ巡礼ができたし、バスにもたくさん乗れたし、れーちゃんも楽しそうだった
から、満足の旅行ではなかったかな・・・。

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寄宿舎に入りました [記事]

 小学部から、年に二回ほど、寄宿舎での宿泊体験を重ねてきました。
 その頃は、寄宿のお泊まりが嬉しくて仕方がなかったのに、中学部の終わりに
なって、いよいよ寄宿舎に入るという話が出てくると、あまり気乗りしない様子に・・・。
 「きしゅく、やだ。はいりません、」
そんな言葉も飛び出すから、思案してしまいました。
 こうき本人は、先の予定がわからないということが我慢ならないので、いろんな不安も
あったのでしょう。入舎決定が出るのが今年二月半ばだったのですが、年明けから
もう寄宿のことで頭がいっぱい。質問攻めの毎日が続いていました。
 「こうきくん、きしゅく、はいりますか。」
 「なんにち、はいりますか。」
しつこいほどに、何度も同じ質問が繰り返されます。
 寄宿舎に入ったなら、何曜日に泊まって、いつ家に帰るのか。放課後のデイサービス
には行けるのか。行けたとしたら、お母さんはデイまでお迎えに来てくれるのか。等々、
気になることはたくさんです。それはこうきでなくても、知りたいと思うのは当然です。
 そう思って、なんとかだましだまし答えを先延ばしにして、ようやく入舎が決まったところ
で、本人に話をすることにしました。
 高等部入学と寄宿舎入舎という、同時に二つの新しい環境に飛び込むことは、こうきに
とってかなりの負担ではないか。新しいことへの不安を抱きやすいこうきのことを考えて、
担任の先生とは、一週間のうち何日かだけの利用から始めた方がよいだろうという話に
なっていました。
 月・火・水曜と、三日泊まり、あとの二日は家に帰ってきて、そのまま週末まで過ごす、
という案と、月・火曜で泊まって水曜日家で一泊、また木曜に泊まって金曜に帰宅する、
という二つの案を説明したところ、こうきはすかさず、最初の案を選択。
 どうやら、木曜日の放課後デイサービスが、ダンスやカラオケの日となっていて、それに
参加したいという気持ちがあったようなのでした。(こういう時、自分の意思を示せるのは、
こうきのよい面でもあります。)
 私としても、最初の案の方が、すっきりしてわかりやすい。そして動きやすくもありました。
とはいえ、三晩もこうきが家から離れるということは、今までなかったことなので、
(修学旅行でも最長二泊三日でしたから)本当に大丈夫なのか・・・
こうきより私の方が不安になっていました。

 入舎のための、山のような荷物を運び込んだ翌日から、こうきの寄宿生活がスタートしま
した。
 寄宿初日の夕方、仕事から家に帰って来ると、ふと、ぼんやりしてしまいました。
 今日は、こうきを迎えに行かなくていいんだ。
夕飯の世話をしたり、お風呂の手助けをしたり、学校の準備を手伝わなくてもいいことに気
づきました。
 いつもにぎやかについているテレビの音も、パソコン動画サイトで流れる、アニメや子ど
も番組の音も、そして何より、大声で繰り返されるこうきの質問の声もしない。
静かな夜の時間がありました。
 なんだか、力が抜けたような、肩の荷がふっと下りたような感覚を味わったのです。

 こうきはといえば、心配をよそに、すんなり寄宿生活になじみました。
夜はよく眠れるようですし、同室の友達とも仲良くやっているようです。洗濯や、掃除や入浴
などの身の回りのことも、頑張ってやっているという話で、寄宿の先生からは、困ったことは
何もない、と言っていただきました。
 
 そして、私のほうは、初めに味わった夜の静けさはだんだんに薄れ、こうきのいない夜に、
もう慣れつつあります。
 人間の慣れっておそろしく早いものですね・・・。
 

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ちがうお祭り [記事]

 「ばあちゃん、うちゅう行っちゃった」
 5年前に亡くなったお祖母ちゃんのことを、最近また言うようになりました。

 先日の春まつり、地元の神社で打ち上げ花火を見ようとしていたときの
ことです。
 急に思い出したように、こうきが言いました。
 「ばあちゃんと、おまつり、きました。」
 「そうだね、ばあちゃんと一緒に来たねえ。焼きそばお好み焼き食べて、
楽しかったね。」
 「アイスも食べました。」
 自分がまだ小学生だった頃のことを、こうきはよく覚えているようでした。
 「ばあちゃんは、今どこにいますか。とおくですか。」
 「そうなんだよ。ばあちゃんは、遠くにいるよね。」
 「うちゅうですか。」
 「そう。宇宙に行っちゃったんだよ。」
 「うちゅうは、遠いですか。どこから行きますか。時間かかりますか。何時間、
かかりますか。」
 「ばあちゃん、ここ、来ますか。ここのおまつり、来ますか。」
 こうきの質問は矢継ぎ早に続き、私は言葉に詰まってしまいました。
 「おばあちゃんは、ここには来られないんだよ。遠いところの、宇宙にいるか
らね。」
 すると、こうきは私の言葉を打ち消すように言いました。
 「ばあちゃん、うちゅう、いません。おりて、ちがうおまつり、行ってる!」
 
 こうきと二人、今年は打ち上げ花火を間近で見ました。
 首が痛くなるほど空を見上げ、こちらにの頭の上に降ってくるかのような
大きな花火を見ました。次々と花火は打ち上がり、その度に身体の底に響く
音を感じました。
 こうきも何も言わず、花火を見ていました。
 ふと、あちらにあるかもしれない、ちがうお祭りのことを想いました。

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なぜかBS [記事]

 「引っこししたい」希望はずっと続いていました。
2年前、身近な友達や先生たちが相次いで引越ししたのがきっかけでした。
 その時、引越しはできないよ、と言った覚えがあります。
でも、なかなか気持ちはおさまらず、「できる、できる!」
頑として言い張り、あまりにそれが続くので、
 「引っ越し、できるといいですね。」
 「引っ越し、できるかもしれないね。」
と、いつものあいまい言葉でやり過ごそうとしました。ところが、
 「いいですね、やだ!」
 「かもしれない、やだ!!」
あいまい作戦もあえなく失敗でした。
 その後もなかなか納得できずに、いろんなやり取りをするうち、いつの間にか、
「高等部卒業したら、引っ越しのこと考えよう」から「高等部卒業したら、引っ越し
できる」という話になってしまい、それからというもの、何かにつけて「引っこしで
きる」が口癖になりました。
 少しでも悪いことをしてしまったり、失敗してしまうと、慌てて、
 「ひっこしできる!できる!」と主張。
こちらも、
 「そんなことしたら、引っ越しできなくなるよ。」
 「引っ越ししたいなら、~するよ。」
引っ越しをエサにするような言い方を、ついしてしまうこともありました。

 しかし、実現不可能なことをずっと言い続けるのは、こちらもつらいものがあります。
引っ越しの話になると、いつもこちらは生返事で、こうきの一方的な願いをとにかく
やり過ごすしかないのです。
 正直、願いは薄れていくのではないかな、と思っていました。ところが、中2、中3と、
二年経っても薄れるどころか、だんだん具体的になっていきます。
 近所のマンションに住みたい、から始まり、引っ越し屋のおじさんに電話して聞いて
みる。3月何日に聞いてみる。などと、次から次へと計画を決めてしまいます。そして、
レスパイト先近くのマンションを指差し、
 「ここのおじさんに聞いてみる。」
と言い出しました。たぶんいっぱいだから無理だよ、と言っても、
 「きいてみる。」の一点張り。 
ついに、「2019年3月19日、引っ越しのおじさんに聞いてみる」ということが決定事項
になり、毎日何度も繰り返し言うようになりました。
 
 さすがにここまで来ると、家族みんなが疲れてきました。こうき自身もそうですし、私たち
のこうきへの対し方が、どうしても冷たくイライラしたものになってしまいます。
その状態がだんだん悪くなってきていて、これはもう限界ではないか、と思い始めました。
こうきの場合、何かきっかけがないと、今の状態から抜け出すことは難しい。何か、
引っ越しの代わりになることはないだろうか、と考えたとき、まず頭に浮かんだのは、
「飛行機に乗ること」でした。
 以前、飛行機が好きで、空港によく飛行機を見に行っていました。
時刻表を見ながら、いつ飛行機が着陸し、離陸するのか、どこから来て、どこへ向かうのか、
確認をしていた時期がありました。飛行機乗って福岡行きたい、と言っていたこともあった
ので、大変だけれど引っ越しを終わりにするために、これが代わりになれば、と思ったの
です。
 ところが、本人に聞くと、一言。
「ひこうき、こわい。のりません。」
ブームは過ぎていて、あっさり却下です。
 
 こだわりの熱が冷めるまで、これはもうしばらく待つしかないのかな、とあきらめていたとこ
ろ、テレビのBS放送に興味を持ち始めました。
 テレビのチャンネルをいじるのは好きだったのですが、旅行先で自分の見たことのないBS
放送が映る!ということに気づいてしまったようです。いつからか、毎日、新聞のテレビ欄を
じっとながめ、番組をチェックするようになりました。好きだけれども見られないアニメ番組の
時間を確認したり、外では、よその家についているBSアンテナの様子をながめることが多く
なっていました。
 人にも、BSが映るかどうか、アンテナがあるかどうか、CSは?WOWWOWは?スカパー
は?・・・と質問が止まらなくなりました。
 なんだか、引っ越しよりもBSの話が多くなっているような気がしてそれじゃあ・・・
 「引っ越しのかわりに、BSアンテナにする?」
ポロリと口にした途端、こうきの顔が輝きました。
 「かうかう。BSアンテナほしい!」
案の定です。
 それでも引っ越しのことは気になっているので確認してきます。
 「引っ越しは、引っ越しのおじさんに聞いてみたら・・・」
 「そう、マンションはいっぱいだって。だめだって。」と私。
 「いっぱいだから、ひっこしできません。やめる。」
 あれあれ。
あれほど、かたく結んであった紐がゆるゆるとほどけていきます。
 あんまりあっけなくて、もう一度「引っ越しはしないね」と念を押します。
 「しません。ひっこしは、おじさんに聞いたらいっぱいだって。だから、しませーん。」
妙な調子をつけて、ふざけるこうき。
 本人も、引っ越しは実現できるとは思っていなかったのかもしれません。
引っ越しへの思いは強かったけれども、それをおさめていくきっかけが欲しかったのかも
しれません。
 なぜかBS。
 けれど、とりあえず、引っ越し宣言が続いた長い長い2年間が終わり、家族一同、
心底ほっとしたのでした。           
                                      


   


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卒業式と入学式 [記事]

少し前のことになりますが、中学部の卒業式と高等部の入学式がありました。

 まだ子どもらしい、あどけない表情だった中学1年生から、みるみる背が伸び、
少年から青年らしい顔つきになり、本当にあっという間に大人に近づいてしまっ
たこの3年間。
 なかなか教室にいられずに、すぐにロビーや中庭や体育館に飛び出してしまっ
ていた頃が今では懐かしくもあります。
参観日に行っても自分の子の姿が見えないから、よく探しに行っていたっけ。
 何時になったら教室に帰ってくる、というところから、少しずつ、本当に少しずつ、
約束が守れるようになり、自分の席に座っていられるようになり、クラスのみんな
と一緒に行動できるようになってきた・・・。カタツムリのように、それはじりじりとし
た歩みでした。
 小学部までは先生たちと関わりを持つことが多かったのが、クラスの友達とも少
しずつ距離が近くなってきたこと。
 学校でのさまざまなルールや決まりごとを守ろうとする姿が出てきたこと。
 なにより、いろんな活動を自分も頑張ってやりたい、という意欲が出てきたこと。
 本当に以前では考えられないような、たくさんの成長がありました。
 三年間クラス替えがなく、同じ仲間で心おだやかに過ごせたことや、いつも優し
くあたたかく支えてくださった先生方のお陰だと思っています。
 
 「卒業式、緊張する?」と尋ねると、
 「きんちょう、しません」と答えたこうき。
 式では、自分の名前を呼ばれると、「はい!」ととても大きな声で返事をし、立
派に卒業証書を受け取ることができました。呼びかけの言葉もしっかり言うことが
でき、親としては二重の感激でした。


 それから4月。高等部の入学式を控えてのこうきの言葉。
 「にゅうがくしきは、もう最後ですか?」
何度も言って来たのですが、あまりよく考えずに、なんとなく受け流していました。
 「にゅうがくしきは、最後ですか?」
・・・そうでした。
 高等部卒業後、進学をしないこうきにとっては、これが最後の入学式なのです。
よく気が付きました。たいしたものです。
 「最後の入学式」も、こうきはとても落ち着いていました。
 「始まり」だけれども「最後」をゆっくり味わいました。
 小学部、中学部と九年間、聞き続けてすっかり覚えてしまった校歌を、いろいろな
思いを込めて、一緒に歌いました。 

 
 
 

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スクールバスの日々 [記事]

 スクールバスに乗る最後の日が来ました。
小学部1年生から中学部3年生までの9年間、思えばよく通ったものです。
 バス停までは車で10分ほどの距離。
国道沿いのその場所で、暑い日も寒い日も、同じ養護学校の友達と一緒に
バスを待ちました。
 
 小学部低学年の頃は、バス停までの道の途中で、踏み切りや信号機に引っか
かるのが待てずに、車の中で大声を上げ不安定になってしまうことがありました。
そこで、遠回りだけれども、割合スムーズに行ける高架橋ルートに変更し、
なんとかこうきも私も精神的に楽になりました。
 朝のいつものルーティンが何かの調子で崩れてしまうと、
 「のらない、のらない、バスのらない」
言い張って、動かないこともありました。
 動きが激しかった小さい頃は、ピョンピョン走っているうちに、スーッと国道へ
飛び出してしまい冷や汗が・・・なんてこともありました。

 バスの中でも、いろいろありました。
気になる場所へ来ると必ず立ち上がってしまうから、先生から、立ち上がる人は
バスには乗れません、と厳重注意を受けたり、イライラして近くの友達をつねって
しまって、私が謝りのお電話を入れたことも。
 それから、隣の席の友達にしつこく話しかけて嫌がられたこともあったっけ。
その時は、バスではお話しません、と先生と約束を決め、代わりに絵本を見る
ことになりました。
 「こぶとりじいさん」「十二支のはなし」「いそっぷどうわ」
それから3冊の絵本がずっとバスに置いてありました。
バスに乗ると、先生が渡してくれる本を開く。ページをめくって眺める。
そのことで何となく心が落ち着くことができたのかな、と想像しています。

 最後のスクールバスに乗りこむ時、運転手さんと添乗の先生に、
 「9ねんかん、ありがとうございました~」
元気に言うことができました。
 運転手さんも先生も何人か代わり、バスに乗るメンバーも卒業したり転校したりで
なかなか会えなくなってしまった人たちもいますが、今か今かと国道の向こうを眺めて
バスを待った、あの時間。母親同士でちょっとした話ができたあの時間は、なかなか
いいものだったなあ、と思うのでした。




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3月17日 [記事]

「3月17日」が口ぐせになっています。
3月18日が中学部の卒業式
前日の3月17日でいろんなことに「おわかれ」する。
そのことが気になって仕方ないのです。

小学部から9年間乗り続けたスクールバス。
高等部からは乗ることができなくなります。
同じく小学部からずっとお世話になっていたレスパイト先。
高等部から寄宿舎への入舎が始まるので、放課後デイサービス
一ヶ所終わりにすることにしました。
これは本人がおしまいにする、と決めたのですが、
ずっと行っていた場所に行かなくなる。
また、ずっと乗り続けていたバスに乗らなくなる。
そのことは、私たちが思っている以上に大きな変化なのかもしれません。

「3月17日、おわかれですか」
「なんのおわかれですか」
「おわかれは、スクールバスと、〇〇(レスパイトの名前)と、あとは?」
このフレーズがこの数ヶ月ずーっと続いています。
また、そのレスパイト先は、短期入所施設や就労施設も持っているのですが、
そちらにも行かない、と私に何度も名前を言わせます。
お仕事には行くかもしれないよ、と言っても、「行かない、行かない」の
一点張り。
先が曖昧なのは不安になる。おしまいならおしまいではっきりさせたいのかも
しれません。

「おわかれ」の会話が始まると、なかなか止みません。
何度も何度も繰り返すのは、そうやって「おわかれ」を納得させている作業なの
だと思ったら、あまり邪険にしてはいけない。こちらも、何度でも答えてあげなけ
ればいけないのかな、と思うのでした。


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合格発表! [記事]

先週、高等部入試の合格発表がありました。
朝8時半過ぎに昇降口に掲示されるとのこと。
結果はわかってはいても、一緒に合格を喜びたいと思って、見に行くことにしました。

名前ではなく、受験番号での発表だったので、いまひとつピンとこない様子のこうき
でしたが、自分の番号は覚えていたようです。
 「23ばん、あった」
当たり前のように言い、すーっと下駄箱へいこうとするから、
 「合格だね、おめでとう」
一応、掲示の前で写真を一枚。
 その後、先生方やレスパイトの職員さんたちからも「おめでとう」と言われ、まんざら
でもなさそうな表情でした。


思えば、養護学校入学が決まった時、親として素直に喜んであげられない自分が
いました。
どこかに、普通校をあきらめた上での養護学校という選択、という気持ちがあった
ように思います。

その時、通っていた療育センターで、入学前相談がありました。
すでに養護学校入学が決まっていた頃のことです。
 「小学校入学を、家族で思いきり盛大に祝ってあげてください。」
相談員の方にそう言われ、泣けてしまったのを思い出します。
 「いろいろこれまで大変だったけれども、本人うんと成長して、小学校入学まで来
られた。これはすごいことじゃないですか。」
養護学校入学に悲観していた親への一喝と励ましの言葉でした。

あれから9年間、やっぱりいろいろ大変なことはあったけれど、
なんとかここまでたどりつくことができた。
高等部入学を、またうんと盛大にお祝いしてあげよう、と思います。


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高等部入試 [記事]

 中学部の生活も残りわずかになり、高等部という次のステップに踏み出す
時期が近づいてきました。
 こうきの通う養護学校では、中学部の生徒ほぼ全員がそのまま高等部に
進学するのですが、その前に控えているのが「入試」(入学選考)です。

 この「入試」に向けて、3年生は早くから準備をしていました。
面接に備え、正しい姿勢、入退室の仕方、あいさつ、質問に答えること、
などなど練習を積み重ねてきました。親としてはそんなことできるの?という
感じだったのですが、その子なりに、入試ということが理解できて、少しずつ、
がんばろう、という気持ちが高まってきたようです。
 こうきは、中学部で頑張ったことの質問に対して「作業学習がんばりまし
た!」としっかり答えられていたようで、先生からは、こうきくん、毎回とても
積極的に練習に取り組んでいましたよ、と誉めてもらっていました。
 前日は持ち物も準備万端、「あしたは高等部にゅうし。たのしみ!」と余裕の
表情でした。

 入試当日、お兄ちゃんの中学のときの制服を借り、着てみるとぴったり。
まだまだ幼いと思っていたけれど、改めて、中学三年生だったんだ、とはっと
させられました。本当なら、この制服の中学に通っていたのかな、と思ったり
もして・・・。

 その後、あわただしく車で学校に向かいました。さて降りよう、と後部座席を
見ると、こうきのリュックがない。いつもなら自分のリュックはしっかり持って出る
のに、今日は「わすれちゃった、」と言うのです。
 母は青くなりました。やってしまった。中には今日必要な体操着と筆箱が入
っているのです。
 あわてて二人で受付に走りました。こうきを先に置いて、自分は荷物を取りに
帰るつもりでした。担任の先生も昇降口で控えていて下さったので、事情を話し、
一緒に受付の先生に伝えました。
 すると、先生方考慮して下さり、今日は体操のようなことはしないので、着替え
なくていいです、筆記用具も用意します、とのこと。ほっと胸をなでおろしました。
 
 そこからは、本人と保護者は分かれて選考が始まったのですが、その後のこう
きはパニックにもならず、とても落ちついていたそうです。友達たちの着替えを
最後まで見届けた後、最初の全体会の時に、何か質問は?と聞かれ、
「ぼくは体操着をわすれました。体操着なくても大丈夫ですか?」
すっと手を上げて聞くことができたと、後でこうきに付いてくれた先生が教えて
くれました。

 その先生が、「見てください」と一枚の紙を差し出しました。
それは、中学部で楽しかったことがんばったことなどの思い出を書く課題で、
そこには、こうき特有の震えたひらがなが、最後のマスまでびっしり埋まってい
ました。
 残念ながら、判読可能なのは最初の二、三行だけでしたが、修学旅行のことが
書かれてあるのはわかりました。
 「本当に一生懸命書いていて、なんだかジンとしちゃって。」
と先生。私もうなずきました。
とても文章など書けるはずもないこうきですが、なんとか書こうとした。そのことが、
ただひたすら嬉しかったのです。
ハードルが高いような気がしていましたが、こうきもちゃんと入試の経験ができた。
本人なりにひと回り大きくなれた、貴重な経験でした。

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サンタさんはどこから [記事]

年も押し迫ってきましたが、クリスマスのことを少しだけ・・・

・・・去年のクリスマスは、あらかじめ欲しいものがお母さんから手渡されて、24日の夜は
サンタは来なかったのだっけ。
ボクは希望通り、仮面ライダーベルトがもらえたから、嬉しかったけれど、妹のれーちゃんは
朝起きてきて、サンタが来なかった、と少しがっかりしていた様子だった・・・。

そんなことから、今年は一応ツリーの下に、プレゼントを用意してみました。
25日の朝、起きてきたこうき、しばらくプレゼントの袋には気がつかない様子でした。
だいぶ時間が経ってから、リボンの袋を提げて飛んできて、
 「なんか、ありました!」
こちらは、何食わぬ顔で
 「お、プレゼントかな?」
慌てて開けるこうき、目下お気に入りの妖怪ウオッチのついたタオルや箸などが出てくると、
ぴょんぴょんはずんで嬉しそうな様子。
 「サンタさん、来ました」
・・・そうだね、来たんだね。
 「サンタさん、何時来ましたか」
・・・何時だろうね、夜中だな。2時かな、3時かな?
 「お母さんは、サンタさん会いましたか」
 「サンタさんどこから来ましたか。玄関から来ましたか」
・・・ううん、おかあさんは会ってないんだよ。

それから何度も「サンタさん、来ました」と言う笑い顔に、まだ信じていたのか、とこちらも楽しく
なりました。
妹の方も、包みを前に、ありがとう、とニコニコしています。
信じていても、信じていなくても、思いがけないプレゼントは嬉しい。
サンタの力は大きいものですね。


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